INTERVIEW

【 株式会社zero to one 】 海外経験豊富な起業家が、東北で教育事業を行う理由

株式会社zero to one|海外経験豊富な起業家が、東北で教育事業を行う理由

株式会社zero to one(仙台市)の代表取締役CEOとして教育事業を手掛ける竹川隆司さんは、野村證券株式会社時代にハーバード大で経営学修士(MBA)を取得しロンドン勤務も経験されました。アメリカに渡って起業する直前に発災した東日本大震災をきっかけに、帰国後の活動拠点として選んだ場所が東北でした。

海外でのご経験が豊富な竹川さんがなぜ東北を拠点に活動されているのか。金融業界に長年勤務された中でなぜ教育事業で起業したのか。そして竹川さんの目から見た仙台・東北の強みや独自性とは。メンターとして多くの起業家のサポートをする中で感じる起業家へのアドバイスも含めて、お話を伺いました。


聞き手:株式会社ATOMica 仙台拠点長 鈴木郁斗

Interviewee

写真:竹川隆司

株式会社zero to one

代表取締役CEO 竹川隆司

株式会社zero to one代表取締役CEO
野村證券にて国内、海外(ロンドン)勤務等を経て、2011年より米国ニューヨークにてAsahi Net International, Inc.を設立。同社代表取締役として、高等教育機関向け教育支援システム事業のグローバル化を推進。2014年より一般社団法人インパクトジャパンにて、エグゼクティブ・ディレクターとして、カタールフレンド基金の支援を受けた、東北での起業家育成・支援プロジェクト「INTILAQ」(インティラック)を主導、仙台市にINTILAQ東北イノベーションセンターを設立。2006年ハーバード大経営学修士(MBA)。
変化が激しい社会の中で、常に学び続け、挑戦し続ける姿勢を持ち、スタートアップをキャリアの一つとして選択する人材を育成している。

震災、アメリカでの起業を経て東北へ

 2016年に創業したzero to oneは、“社会とともにイキイキと生き続ける力を引き出す”をミッションにしています。もともと私は2000年に社会人になって金融業界にいたのですが、金融は資本主義の基盤であり、社会のインフラの一つだと認識していたのが入ったきっかけでした。ただ、金融業界では自分は限られたバリューしか提供できないと感じ、もう少し広く社会資本を見据えた仕事をしたいと考え、2010年後半から教育業界に入り、「教育×テクノロジー」に取り組みました。当時は主に教育のプラットフォームを開発していましたが、「社会とともにイキイキと生き続ける」を実現するためには、コンテンツ寄りの取り組みも重要だと考え、現在はオンラインを中心に、社会に必要とされる人材を育成するためのコンテンツを提供しています。

 特に2016年に始めた当時、AIやデータサイエンスといった領域が、その時の産業界、特に日本で強いニーズがあったため、そこからスタートしました。現在はAIやデータサイエンスに加えて、仙台市のアントレプレナーシップに関するコンテンツも提供しており、他の団体と協力して社会起業家育成にも取り組んでいます。いずれにしても、私たちは教育専業の企業として、社会に求められる人材育成を限りなくスケーラブルに実現したいと考えています。そのため、オンラインを活用し、より多く人々に優良なコンテンツを提供し続けることを目指しています。

 私自身はもともと神奈川県横須賀市出身で、仙台や東北とは縁もゆかりもなかったのですが、東日本大震災がきっかけで東北に入り、深くかかわるようになりました。3.11のときはたまたま東京にいて、銀座のオフィスビルの中で被災しました。人生で経験した中で一番大きな地震でしたし、近くのビルのガラスが割れたり、交通機関が完全に麻痺したりするのを目の当たりにしました。

 当時、アメリカで会社を登記する直前だったため、3日後に羽田からニューヨークへ向かうチケットを取っていたのですが、アメリカに到着したら、CNNほか現地のテレビ局で放送されていたのは、日本で、東北で数日前に起こった大地震と大津波のニュースばかりでした。どこに行っても私が日本人だと知ると「家族は大丈夫か?」と心配され、日本人であることを強く意識させられたのを覚えています。よく「なぜ横須賀から東北へ?」と聞かれるのですが、それはもう故郷が日本である以上、日本のどこでも故郷であり、当然東北も故郷なんです。その上で、一番求められている場所で求められていることをやりたいと考えていて、それが東北だったということになります。

 2014年に日本に帰国して仲間たちと「東北風土マラソン」を立ち上げたり、カタールフレンド基金による東北での起業家育成・支援プロジェクトとして仙台市にINTILAQ東北イノベーションセンターを設立したり、ありがたいことに東北でたくさんの貴重な機会と仲間に恵まれているなと実感しています。そうして今では本当に東北が故郷のようになりました。

 この前、あるグローバルな有名エナジードリンクを日本で展開していた元責任者の方が面白いことを言っていました。全国各地の街角で商品サンプルを配っていたのですが、例えば関西の各都市だとこちらから配らなくてもすぐに人が取りに寄ってくるそうなのですが、仙台は最も人が寄ってこなくて、担当者が自分で配らないといけない状態だったのだそうです。でも、苦労してお渡しして一度話すとすぐに親しげになって、友達やその友達を連れてきてくれたりするようになるのが仙台だと。これってすごい如実に仙台の特徴を表しているんじゃないかなと思っていて、外の人にとって入り込むのはちょっと敷居が高いんだけど、入っちゃうともう自分ごとになるみたいな部分は大きいと思います。

 もしかしたらぱっと挑戦するとか、ぱっと何かやってみるっていうことに対してのハードルは多少高くても、何かやり始めた後に継続できるとか、もしくは周りが親身になって助けてくれるという点では強みを持っている場所なんじゃないかなと思います。

 あとはよく言われる話ですが産官学の距離感は非常に近い。それは地理的にも心理的にも近いと思うので、やっぱり地域社会の課題に繋がるような話っていうのは、ある意味起業家だけでは解決できないことっていっぱいあるじゃないですか。そこで行政やアカデミックのお墨付きをもらいやすいし、実際に必要な連携も実現しやすいということもいい点だと思います。

 それから、学生を見ていても思うことがあります。うちのインターンには東北大学生はもちろん、都心の国立大や有名私立大の学生たちも多いのですが、中でも、東北大学の学生は、みんなとても素直で、真面目に取り組む姿勢があり、その点は非常に信頼できます。何かそういうコツコツ確実に取り組める強みというのは現に存在するんだろうなと思いますね。

ーそういう学生が多いというのも、もしかしたら企業側からしたらすごく仕事をお願いしやすいというのはあるのかもしれないですね。

 それはあると思います。ただ、真面目に積み重ねすぎるだけだと、瞬発力が勝負になるようなスタートアップはあまりできないことにもなるので、スタートアップ向きの突飛な発想の学生と仕事を真面目に進められる学生を組み合わせて、まぜこぜにするということが大切なんだと思います。

一方で何かここをもう少し何とかしたらいいんじゃないかということがもしあれば教えていただきたいです。

 そうですね、逆に言うと、私は中央のロジックにあんまり引っ張られすぎないで自分たちのやっていることを、自信を持って進めていければいいんじゃないかなと思っています。中央のロジックというのは、例えば今のスタートアップ支援のゴールとして、短期的な上場を目指してすぐに成長しないといけない、というようなものです。

仙台とか東北の強みは、もうちょっと時間かけてじっくりやることだと考えていて「うちらは5年後目指してやっているんだから半年で文句言うな!」というぐらい、みんなが自信持って言い切っちゃっていいんじゃないかなと思っています。

アメリカで言うと、ボストンは創薬やライフサイエンスのように長いスパンをかけてしっかりとしたものを育てるのが強いんですよ。(緯度も近い)東北も基本的には、時間をかけてイノベーションを育てていくことを、もっと自信をもって進めればいいんじゃないかなと。あまり周りと比較しすぎなくてもいいんじゃないかなと思いますね。

経験を生かして色々なものをつなぎ合わせる

 私自身は元々高校時代から、開発途上国の支援に興味がありました。それで大学は国際基督教大学(ICU)に入ったんですが、ある時、開発援助はそもそも日本という国が成長していない状況においては成長産業になり得ないと感じ、自分を成長させてくれる環境として金融業界に入ることにしました。当時からの私自身のライフミッションは、今も変わらず「世界の笑顔の総数を増やすこと」なのですが、そのために金融でできることはすごく多いと思うものの、救える人がほんの一握りになってしまうと感じることが多かったですし、資本主義の論理みたいなものだけに左右されるのも人間らしくないなと思って辞めました。

 金融をやろうと思ったときから元々の思いは変わっていませんが、人の原点にかかわることの一番はやっぱり教育じゃないかな、と改めて思っているところはあります。大きなお金になるかは別にして、やっぱり一番価値があると自分自身が信じられるところをやりたいというのが大きかったです。

 苦労は苦労だと思うから苦労なので、私自身は人から見たら「苦労している」って思われるかもしれないことも、苦労とは捉えずに楽しくやろうと思っています。なので、あんまり苦労してきたという感覚は持っていないですね。逆に、今まで何か成功したとも全く思ってないですし、今も学びのプロセスだと思って、日々やっております。

 メンターとして、私自身の特徴を三つぐらい挙げるとすると、一つは投資家側にもいたことがあるし、事業側にもいたことあるというのが多分大きな差別要因だろうなと思っています。

 野村證券にいた10年足らずの間に、個人投資家への営業もやっていましたし、ロンドンで海外の長期投資家向けの営業・サポートもしていました。スタートアップだろうと上場企業だろうと、一通り投資家サイドから企業を見る、分析する経験はしていますので、投資家から見たときの事業サイドがどうあるべきかというのも、ある程度話せます。

あとは事業サイドから見たときに、自分がスタートアップを日米でやってきたので、海外での事業立ち上げや持続性を担保するために必要なことは話せるかなと。また、ロンドン、ニューヨークなどこれまで合計7〜8年は海外で仕事していましたし、今でも繋がりがいろいろあるので、世界に向けて挑戦してみたいとか、世界から学びたいとかいう時に、色々と紹介やアドバイスもできるかなと思っています。

あとは、先ほど仙台・東北は産官学の敷居が低いと言ったのですが、実際自分自身が産官学をまたいでいろいろとやらせていただいている経験も貴重だなと思います。仙台市の各種教育プロジェクトはもちろん、経産省の委員をやらせていただいたり、東北大学の共創戦略センターの特任教授もやらせていただいたりと、色々産官学をまたいでカタチにしてきた経験は共有できるんじゃないかなと思っています。

 一番大きいのは謙虚さだと思います。自分自身が学び続けなきゃいけないというのもそうですし、お客さんに対しても、自分のパートナーや社員に対しても常に謙虚な姿勢で臨む。あとは一歩踏み出す勇気と、30年後50年後を見据えるビジョンがあれば、その謙虚な姿勢を貫くことで、周りの人も助けてくれると思うし、自分も頑張れると思います。

 あとは、教育事業をしている以上、自分自身が一番学び続けなきゃいけないということは常に意識しています。そして、意識することだけはやめずに、実際に自分が学び続ける、実践あるのみですね。

ーそういうマインドは、伝染させていくのは得てして難しいなというイメージがあるんですが、社員の皆さんとか周りの方にそれを伝えていく部分で何か工夫されてることがあったりされますか。

 言い続けることじゃないですかね。先ほど申し上げた謙虚さが大切というのは何も私が一人で発見した訳ではなく、自分自身も学生時代に、自分自身とか、周りに対して謙虚で素直であれということを、家でも学校でも言い続けられてきました。謙虚に自分を見つめ直すのもそうだし、しっかりと社会に対して返さなきゃいけないですよということも言われ続けて、それが今も強く残っていますので、やっぱり「言い続けること」だなと思いますね。

本気で悩み、挑戦すること

私もアドバイザリーボードに入っているので、今でも時間調整があるとメンタリングに応じるんですが、本気で悩んでいるのか、それとも誰かに話を聞いてもらいたいだけなのか、何かそこは結構大きな差があると思っています。メンタリングというと日本人の言葉からくる感覚なのか、誰かにとりあえず話を聞いてほしい、というだけのケースも結構多いなと思っていて、何を解決したいのかというのがよくわからないまま、「どうしたらいいですか」とだけ質問に来る。ただ、質問に来る前に、少なくとも自分が何をやりたいのかということはぜひ見極めていただけるといいのかなと思います。

 あとは、本来自分でやるべきことを相談されるのはちょっと困ります。例えば、こういうサービスを何月何日に立ち上げるのですが、これは誰に売りに行ったらいいですかとか、誰か紹介して欲しいという紹介だけを狙いに来るとかですね。それってアドバイスというよりかは、ただ単にリード案件を紹介してほしいということなので、それもちょっとメンタリングの趣旨とは違うなとは思います。

人を紹介してほしいだけで相談に来られても、相手にとっての価値も見えにくいので、やっぱり紹介できないじゃないですか。だけど、こういういいものがあってこうやりたいんだけど、どうしたらいいですかと本気で悩んでいたら、この人紹介しますよ、ということが、自然にできると思います。 

 今やスタートアップって、人生の生き方の一部であると思っていて、多様なやり方があっていいと思います。やりたいことがめちゃくちゃ大きいから、そのためにこれしかないというスタートアップもあれば、何か身近な課題でもいいから小さいところからでも何かやってみようというスタートアップもあると思います。もしくは、自分がこんな面白い研究をしていたから、これをちょっと社会に生かしてみたいというスタートアップでもいいと思っています。

 逆に言うと、自分自身がその変化の中にいた方が得だというか、生き方としても楽しいと個人的には思いますし、そういう変化にワクワクできる人は起業に向いているのかなと思います。そういう人の生き方の一つとしても、キャリアの中の一つの選択肢としても、起業を位置づけていいんじゃないかなと思いますし、起業という挑戦を応援する地域であり社会でありたいなと。私もその一員でありたいなと思いますので、ぜひ、一緒にチャレンジしていきましょう!