INTERVIEW
【 MATトライアングル株式会社 】 ベンチャー企業を応援し続け35年 起業家が大切にすべきこと
MATトライアングル株式会社代表取締役CEOで公認会計士の谷藤雅俊さん。20代後半から、デロイトトーマツグループでベンチャー支援を続け、35年以上にわたり起業家を応援してきました。岩手県盛岡市出身の谷藤さんは東北におけるベンチャー支援強化の必要性をトーマツ経営陣に訴え、2000年に自ら責任者として盛岡事務所を立ち上げました。現在は仙台で創業され故郷・東北の起業家や経営者を応援し続けています。どのような思いで長年ベンチャー企業にかかわってきたのか、そして、起業家が持つべきマインドや課題の見つけ方とは何か。
株式会社ATOMica 仙台拠点長の鈴木郁斗がお話を聞きました。
Interviewee
MATトライアングル株式会社
代表取締役CEO 谷藤雅俊
高校卒業後、個人事業を経て21歳で大学入学。26歳で現在の有限責任監査法人トーマツに入社後公認会計士試験に合格。主に企業のIPOを担当。その後ベンチャー支援機関が少ないことに危機感を感じ同社盛岡事務所設立を担う。
同社にて東北の震災復興支援に尽力する中で、「東北未来創造イニシアティブ 人材育成道場」の運営をはじめとした、地域の経営者に対する「志」や経営課題の真因を明確化するためのハンズオン支援を通じて、東北の中小企業やスタートアップ支援に注力している。
ーまず、ご自身のご経験やこれまでのお仕事について教えてください。
盛岡から東京に出てきてから、時給500円でしたが(笑)働いてコツコツお金を貯め、21歳で大学に入りました。大学に入る前は、自分は何者か?どう生きるか?わからず、悩み、自分の弱さと闘いながら人生の修行のような仕事を色々と経験しました。将来自分が自立して商売をするにはどうすれば良いのかだけを考えていたという感じです。大学に入ってから2年は、いわゆる個人事業主として、自分で立ち上げた事業をやって学生生活を楽しんでいました。
商売をやるために当時考えたことは、どういう生き方をしたいか?何のために何をするかという強い想い、次にアイディア・知恵、お金・ノウハウ・人など事業基盤がないといけない。でも今の自分には何もない。だから学ぶしかない。自分でいろんなビジネスを観て、ビジネスのノウハウを盗める機会、知識を身につける機会を得よう、と考えました。様々な業種・規模の会社を視ることができるという理由で、24歳から本格的に公認会計士の勉強を始め、26歳で監査法人の研修生となり働きながら勉強を続け、1987年27歳で公認会計士第2次試験に合格することができました。トーマツに入ってからは、大企業の監査でノウハウをインプットしながら、自分の起業に直結するIPOとアドバイザリー業務でアウトプットして経験を積みました。
ーその後のキャリアはどんなものだったのでしょうか?
企業のIPOや成長支援に関わっていたものの、ずっと実際に自分でビジネスをやる機会をうかがっていたので35歳の時、IPOを志向する会社の経営をするため辞表を出しました。しかし、当時の恩師でもある先輩から「絶対に辞めさせない。お前は好きなことをやってトーマツをリードしろ、そのほうが日本のためになる。断るなら俺と縁を切れ。」と言われ、恩義のある先輩の忠告を聴き入れトーマツに残りました。コンサルティングをしていたクライアントの副社長的な役割の仕事とか、IPO支援に注力していましたが、なかなか新規事業のアイディアや人生をかける事業を思いつくことはありませんでした。
1999年39歳の時、地元岩手に戻って開業することを決意し、再び辞表を出しました。東北に拠点を移したかったのは、27歳から岩手でIPOを目指す会社にかかわっていましたが、当時東北で上場を目指す企業は、東京の企業と比べると危機感やスピード感が全く違い、支援する人たちも周りにいない状況だったこと、さらにメンターやアドバイザー、上場経験者、そして資金面でもエンジェルやベンチャーファンドがいないという非常にビハインドな状況を何とか変えたいと想ったからです。また、地域で企業に伴走支援するためには、「その地で生き、同じ空気を吸って、その地を愛していてこそ、適時適切なアドバイスができる」と考えていました。
辞表を出しましたが、「そんなに岩手に帰りたいなら盛岡にトーマツの事務所を作るから、そこで東北の企業支援をしてくれ」と逆提案されました。その時の判断は私の人生の分岐点で、「自分が死ねば東北に貢献できなくなる。それよりトーマツというインフラを岩手まで伸ばすことのほうが東北に貢献できる。それができるのは自分しかない」という使命感をもつことができたのです。結果、2000年1月にトーマツ盛岡事務所を開設し、自分の好きなようにやりたかった東北のベンチャー支援やIPO支援を続けてきたという感じです。自分がやりたいことをいつか実現したいと思いつつ、「希望をもって挑戦している人を応援することが自分の生きがい」でもありました。
―東北に戻られてからはどのようなご活動をされていたのですか?
1990年代後半、渋谷で「ビットバレー」というITベンチャーが集まっていたころ、ベンチャーコミュニティは北海道、東北、関東、近畿、中国、九州と次々に地域別に組成されました。東北では2000年、岩手のITベンチャー企業の社長と共に東北版の発起人となり、「フォレストアレー」というベンチャーコミュニティをつくり、東北6県でフォレストアレーのベンチャーイベントを展開しました。東京のITベンチャー創業者の講演会や座談会などのイベントを開催し、参加者同士でネットワーキングして刺激を共有していましたが、主要メンバーはみんな事業に没頭するプレイヤーだったため、あまり長続きしませんでした。
2011年からはベンチャー支援の他、被災地の復興支援(経営者育成)も行い、経済同友会の復興プロジェクト「東北未来創造イニシアティブ」の発起人の一人となり、 人材育成道場を立ち上げるなど、挑戦している東北の経営者・起業家たちを支援してきました。同様の経営者育成塾は今も継続しています。
震災後、仙台市が開業率日本一を目指していた頃、ニューオリンズ、シリコンバレーや福岡、広島、札幌など10都市の起業環境や施策状況を調査しました。東北に足りないのは、エンジェル投資家、起業家、支援者のネットワークとその活動の主体性・中長期的施策・持続性、そしてスポンサーシップを発揮する財界の結束でした。一番必要性を感じたのは、メンターとエンジェル投資家の存在です。ハード面ではなく、挑戦者を本当に応援してくれる人たち、メンターや投資家として意図をもって追い込み、意図をもって寄り添い、伴走してくれる人たちが必要でした。
スタートアップ支援・IPO支援は今も継続しており、IPOについては東北以外の会社も含めて数多く支援しましたが、岩手では4社、宮城では1社のIPOを一から手がけ上場までいきました。
現在は、日本経済の復活と東北の繁栄のため、自分で設立したメンタリングをコアとしたアドバイザリー会社を経営しているほか、社外取締役や出資者として密着したアドバイスをしています。いずれは、変革と創造に挑戦するリーダー経営者のメンター兼エンジェル投資家として応援し続けたいと思います。
自分の生き方を真剣に考えて生きる
ー谷藤さんのネットワークの広げ方についてお聞きしたいです。
まず、「自分が何者か?自分が人生をかけて費やすこと、自分が思い描く将来のありたい姿」(生きる軸)を自己認識し、それを成し遂げるための挑戦のストーリーを考え、必要な人に会いに行くことです。巻き込むことです。誰でもいいわけではありませんが、いろんな人と会ったり話を聞いたり、ネットワーキングに参加する中で、自分の問題意識をぶつけていきます。絶対にその人を口説くぞという想いで準備し、どういう話をしようか、どういうアプローチをしようかと事前にシミュレーションし、ターゲットを絞って行動します。これは東北のベンチャーにも必要な姿勢ですが、まだ遠慮しているというか弱い部分があると思います。
さらに、自分がターゲットとする相手に向かうときには、自分はどんな人間に映っているか、客観的に自分を観ることも大事です。優れた経営者は、一個人としては「自分の生きる軸」や「人生構想」、事業を営む経営者としては「志・使命(Mission)」、「ありたい姿(Vision)」、「事業構想(生み出すValue)という挑戦のStory」を考えています。それがあるからこそ、頼られるし、強い想いを持ってそれをぶつけ合える。強い想いは言霊となって溢れ出てきます。熱い経営者の皆さんはそういうことを大切にしていると思いますよ。想いをぶつけに行く人たちも、そもそも「あなたは何者で、何をやりたいのか?」という生きる軸を考えることが大事ですね。
ーやっぱりアドバイザリーボードになっていただいている方々は、本気でネットワークや支援に向き合ってきた方が多いなと思っていて、相談するにあたっての事前の心構えが大事だと思います。やっぱり、自分の生きる軸をもって、生き方を真剣に考えている人って少ないんですよね。
少ないです。でも、それでもいいんです。最初からそういう考えで生きている人はかなり少ないと思います。みんな、いろんな壁にぶつかって、良き師や先輩に会い、困難を克服しながらそういう境地に自然になっていくのだと思います。
実際、会社の大小にかかわらず、意外と突き詰めて深く考えたりしていないものです。だから、当社の存在意義があります。「前向きに・明るく・楽しく生きる、共に人生を謳歌しよう」をモットーとして、起業家や人生の目的を真剣に考えている経営者を応援したいのです。経営者の「想いや志を引き出して、その想いをやり通した先にどういう未来を描いているのかを問いかけ可視化し、そこに向かう挑戦の物語(戦略)をバランスよく調えて磨き上げる」メンタリングをしています。自分の生き様や事業を通じて、自分や自社が良くなるだけでなく、地域や日本がより良い状態(Well-being)になって繁栄させたいと願う社長を応援しています。それが私のライフワークでもあります。
大きい会社でも小さい会社でも、強くてバランスの取れたマネジメントをすることが大事ですが、これはすごく難しいです。「想い・ありたい姿・それを実現するためのStory」の三角形が調っている会社や、調った三角形が組織に浸透し、PDCAを強く速く回している会社は、実は少ないんです。
目標と現実のギャップを聞いても、目先の経営と問題点に囚われ、現象面の改善だけに注目し、本質的な課題に気づいていない。それが原因で、打ち手が違い、結果も出ないことはよくあります。
ーどのようにすれば課題の本質をとらえられるのでしょうか?
思いどおりにいかないときは、現状とありたい姿とのギャップの事実やみえている課題だけでなく、「真因」にたどり着くまで、何度も深く掘り下げて分析する必要があります。真因と阻害要因が分からないから、適切な打ち手を打てず、結果が出ないんです。
具体的には、組織のPDCAの仕組みを作りながら、例えばトヨタさんの生産方式のように「何故を5回」繰り返すことです。表面的な原因ではなく問題の背後にある根本的な原因に行きつくまで深掘りします。そして阻害要因を排除します。
真因分析の後は、対応策の検討です。課題の解決策(打ち手)を実行すれば期待した成果が出るか?を評価します。解決策(打ち手)によって、期待した成果が得られ、目標達成するという確信が持てなければ、真因に行きついていないか、打ち手が不足もしくは間違っているということになります。
しかし、これには時間がかかります。私も実際に社外取締役としてもしくはメンターとして相談にのることは多いですが、その場で少し話を聴いてアドバイスをするだけでは、その人の内面や現場の底にある課題を引き出すのは難しいです。
もしかすると、ここに相談に来る人は、良い解決策や戦略を指導して欲しいとか、人や会社を紹介してもらいたいという期待があるかもしれませんが、そんなに簡単に解決策が見つかるわけではありません。1回や2回、または1時間2時間の面談で、その人の人生の課題や会社の課題の真因に行きつくことや解決策を講じることは難しいです。我々も1回や2回で終わるものではないと感じています。初回の面談からだんだんと深いところに入っていくと考えています。
自分が本当に何をしたいのか、「やりながら」考える
ー今のお話を伺って、情熱や思い、気持ちの部分が起点になることがとても大事だと共感しています。私もやっているうちに情熱が後から沸いてきた経験があります。そういったケースについて、谷藤さんはどう思いますか?
ありますね。そもそも、自分が本当に何をしたいのか、どういう生き方をしたいのかを時間をかけてトコトン考え抜く経験をする人は少ないです。だから、自分を信じられるなら、自分の直感を信じられるのなら、まずやってみる。やりながら考える。やってみて違ったら、違う手を考えればいいぐらいの感覚で良いと思います。人生ってやっぱりやってみないと、失敗してみないとわからないこいとが多くて、そういう経験を経て自分の人生をかけてやりたいことが、固まっていくんです。
20代の人にいきなり志を求めても、それは難しいですよね。そんなこといきなり聴いたら、引かれるだけですから(笑)。心理的ハードルを下げて、チャレンジ意欲を掻き立てて、非連続を飛び超える勇気を沸かせる、背中を押してあげることが大事です。困ったらおいでとか、悩んだら助けてあげるよって、「助けて!」って言ってもいいんだからねって言ってあげるといいんです。
そのうちに少しずつ気づいていくというかね。最初は少しずつインプットしていきますが、後でわかってくるんです。それはそれでいいと思います。実際のところ経営者自身の課題がイコール会社の課題なんです。経営者の課題を最初からわかる人は少ないし、自分で気づく人も少ないです。だから、メンターがいるのです。
メンタリングは、「想いを育み、事業構想を磨き上げる」こと、と私たちMATトライアングル㈱は考えています。全てはメンティー本人(起業家・経営者)の選択を大前提に、視座を高め、視野を広げ、責任感に根差した大望を抱かせる。自分は何者で、何に向かって生きるのかという「生きる軸」を気づかせ、生きる勇気を湧かせる。事業構想のブラッシュアップに資する様々な視点からの示唆を与え、メンティー自身の考え抜くプロセスに伴走するのがメンタリングです。
ーなるほど。過去に実施されていた経営者育成塾、6ヶ月のプログラムの中で、自分の想いを見つけるのに4ヶ月ぐらいかかるというお話を伺いましたが、何か共通するきっかけやポイントみたいなものはありますか?
それまでの人生で、真剣にかつ冷徹に自己と対峙してきた人はそれほどいません。なので、まずは、メンターが塾生の自己との対峙、すなわち「自分は何者で、どこに向かうのか」について、へこたれずトコトン伴走する。「意図をもって追い込み、意図をもって寄り添う」のです。塾生が自分なりに答えを見つけたとしても、「それってホント?心の底からそう思う?答えが出ない苦しみから抜け出すために自分にこれでいいんだと言い聞かせていない?それで、家族や従業員を守れる?」と問い、示唆を与えます。
人ってなかなか本性を出さないし、気づいていないもんです。何が自分を堰き止めているか、何に囚われているかもわかっていないです。私もそうです。自分の本心に気づかないときは、もっと深く踏み込んでいきますが…ここから先を話すと何時間もかかってしまうね(笑)。いずれリーダーシップの本質を肚落ちさせて、個々のリーダーシップを開花させてあげることがポイントでしょうか。
大切なのは「場づくり」
ースタートアップスタジオを訪れる起業家に伝えたいメッセージがあれば、ぜひ教えていただきたいです。
いろいろまじめな話をしましたが、「自分を信じて、怖がらずにやってみろ、へこたれずに勝つまでやればいい」ということですかね。
自分を信じられるようになるには、何度も言うようですが、自己との対峙「自分は何者で、どこに行くのか?」を真剣に考える。そんな自分を信じられるなら、他人の考えに沿った誰かに依存した判断ではなく、自分の頭で考えて、行動すればいいんです。だからまずやってみろ、勇気を持ってやってみろということです。怖れずに一歩を踏み出す勇気を持つことです。自分の人生の結果責任はすべて自分でとればいいんですから。
また、自分を信じるためには、「今自分が置かれている状況を正確に知ること、自分は何を大切にして生きているか、自分はこれからどこに向かうのか」を明らかにすれば、自分がやりたいこと、できること、やるべきこともはっきりしてきますよ。
「やむにやまれぬ想い」で走り続ける人には、必ず共感し手を差しのべる人やフォロワーが出てきます。
ーやり始めれば知識や能力は後からついてくると私は信じていますが、最初の一歩がとても高いハードルであることを痛感しています。そういう方達の背中をどうやって押してあげたらいいのでしょうか?
「大丈夫、どうぞお気楽に、想いだけ持ってここに来てください。最初の一歩、もしくは次の一手はここから始まります。私たちが伴走します。」と言えばいいんじゃない(微笑)
将来どうなるかわからない時だからこそここに来てもらいたい。ビジネスとして成り立つものに磨き上げるのは本人だけではないです。知恵が欲しければ、そのために何をすればいいかをここに居る人たちが導いでくれますよね。但し、最初の一歩を踏み出す勇気と覚悟は、最後は本人しか持てませんが、それをサポートするのが私たちの役目です。
想いを育むのも、人を育てるのも、規律と信頼のスポンサーシップが重要です。学校に行きたいと言ったとき、やりたいことをやらしてくれた、応援してくれたのは親だと思います。親はしっかりとしつけをし、考え方を教えてくれて、支援してくれました。起業家支援や経営者支援はそれと同じだと捉えて、安心感を持って来てもらえればと思います。ここには仲間たちや同志が居て、切磋琢磨して相互触発する「場」がある。挑戦者としての自覚と気概、覚悟、決意を醸成する「場」がある。それがとても大事です。仲間だけでなく、メンターもいて、伴走してくれる人たちがたくさんいますよね。
ー確かに、仲間ができると「こんなことで悩んでいたんだ」と気づくことがあります。心理的安全性を確保することが重要だと感じました。
そうですね。そういう「場」作りができるかどうかで成果は変わると思います。「場」作りが何よりも大事ですね。