INTERVIEW
【 アイラト株式会社 】 AIで放射線治療を革新 〜東北大発スタートアップの挑戦〜
仙台市は、仙台のみならず東北全体のスタートアップ・エコシステムの発展に向け、様々な起業支援施策を生み出し、積極的に取り組んでいます。
グローバルチャレンジするスタートアップ、大学研究開発型スタートアップ、社会課題解決型スタートアップなど、この東北の地には様々な事業があり、そして起業家がいます。また、震災を経た経験があるからこその、地域に貢献しようとする強い想い持った起業家も増えています。
こうした様々なタイプの東北の起業家はどういう想いを持ち、どんなキッカケで、どのような挑戦や苦労を経験しながら成長し続けているのか。本シリーズでは、起業家にインタビューし、そのストーリーを解き明かしていきます。
今回は放射線治療計画の効率化と高品質化を目指すAIソフトウェアを開発されている東北大学発のスタートアップ、アイラト株式会社代表取締役の角谷さんを取材いたしました。
Interviewee
アイラト株式会社
代表取締役 角谷 倫之 さん
東北大学医学部での放射線治療研究成果を活用し2022年に東北大学発スタートアップとしてアイラト株式会社を創業。がん治療×AIによって放射線治療の可能性をさらに拡大し、日本ひいては世界中で「すべてのがん患者」をゼロにするというミッションの実現を目指す。病院講師として東北大学病院放射線治療科にも勤務。今年2月のMiyagi Pitch Contest 2024優勝、日経新聞主催スタ☆アトピッチJapan準グランプリ、3月の総務省・NICT主催「起業家万博」NICT理事長賞など受賞。4月にシードラウンドの資金調達完了し、AI放射線支援ソフトウェアの来年の上市に向けて事業を加速化中。名古屋大学医学系研究科博士課程修了、スタンフォード大学やカリフォルニア大学デービス校での研究員・客員助教を経て現職。
Interviewer
仙台市スタートアップ支援スーパーバイザー
鈴木 修
大学在学時にマーケティング及びEC領域で起業。その後、株式会社インテリジェンスの組織開発マネジャー、株式会社サイバーエージェントの社長室長、グリー株式会社のグローバルタレントディベロップメントダイレクターを経て、2014年に株式会社SHIFTの取締役に就任し国内及び海外グループ会社全体を統括。2019年には株式会社ミラティブでのCHRO(最高人事責任者)、2021年からはベンチャーキャピタルDIMENSION株式会社の取締役兼ゼネラルパートナーに就任。2013年TOMORROW COMPANY INC. / TMRRWを創業し、アドバイザーや社外取締役として、経営や組織人事の側面からスタートアップへのIPO支援や上場企業へのチェンジマネジメントを支援。国内外でのエンジェル投資実績も多数。2023年仙台市スタートアップ支援スーパーバイザーに就任。
──それではまずは、事業概要を教えてください。
アイラト株式会社・代表取締役の角谷倫之です。アイラトは「放射線治療ですべてのがん患者を救う」をミッションに掲げ、医療現場で必要とされる放射線治療AIの研究開発を行っています。
──プロダクトについて伺う前に、放射線治療について教えていただけますか?
放射線治療とは、体の外からさまざまな角度で放射線を当てることで、メスを入れず、痛みなくがんを治すことができる治療法です。身体的な負担が小さくすむため、体力の低下した高齢のがん患者が増えている今、とても大切な治療法だと考えています。
この治療を実施するためには、いくつもの準備が必要です。まずCT検査を行い、患者さんの体の断面の画像データを200枚ほど撮影したら、治療計画のためのソフトでこの画像を見て、がんの病巣などを1枚1枚手書きでマークしていきます(輪郭抽出)。その後、コンピューターを用いて放射線のよりよい照射角度・線量などをシミュレーションしながら、手動で調整して治療の計画を行います(照射領域決定)。最後に、実際の照射装置で計画を再現し、安全性を確認する(安全性検証)というプロセスを踏んで、ようやく放射線治療が行えます。
この輪郭抽出に2時間、照射領域決定に3時間、安全性検証で1時間と、現行の治療計画には合計6時間もの時間がかかるのが現状です。
──綿密な治療計画はもちろん重要ですが、準備にそれだけ時間がかかるということは、現場の負担や、治療を受けられる人数が限定されることにも繋がりますね。そんな放射線治療に対して、角谷さんがどのようにアプローチしていらっしゃるのかを教えてください。
治療計画をAIで補助することによって、計画にかかる時間の大幅な削減と、高品質化を目指しています。
具体的には、CT画像を治療計画ソフトに入れるとAIが学習データをもとに画像を解析し、治療計画を20分程度で行えるソフトウェア「RatoGuide」を開発しています。AIには、実際の治療で効果の高かった計画データを大量に学習させることで、より高品質な治療計画が立てられるようになります。なお、RatoGuideによる治療計画の精度は、この分野の学会でも優秀賞を受賞するなど高く評価されています。
──医療現場と患者さん、どちらにとっても有益なプロダクトですね。この発想は、いつどのように生まれたのでしょうか?
私は放射線画像に関する研究を15年ほど続けるかたわら、実際に臨床で放射線治療計画も行っており、現場において治療計画がネックになっていること、改善のニーズがあることを肌で感じていました。
もともと治療計画については、他の画像処理技術を使った研究の蓄積があったのですが、ちょうど医療以外の分野でAIを使った技術が話題になり始めて。「もしAIを活用できれば、放射線治療計画をほとんど全自動で行えるのではないか」と思い、東北大学に在籍していた2014年頃から共同研究を開始しました。本格的に開発に向けて動き出したのは、2016年頃です。
──研究を開始した頃から、その研究を事業にし起業するということを視野に入れていたのですか?
当時はあまり考えていませんでした。東北大学の研究者として、将来的に社会実装ができたらいいなと思いながら、輪郭抽出・照射領域決定・安全性検証という治療計画のための3つの機能について、それぞれ学生とともに3~4年ほど、特許をとりながら研究開発を進めていました。
研究室には、必要なものを自分たちで開発するという文化や、それを実現する能力があったので、ちょっとプロトタイプを作ってテストするPoC(概念実証)が気軽にできる環境でした。
──当初は兎にも角にも放射線治療領域におけるペインを解決するために研究開発に集中していたのですね。その後、起業にいたったことにはどういうきっかけや考えの変化があったのでしょうか?
放射線治療AIの研究に4年ほど取り組み、技術の特許も取得し始めた2020年頃、このまま開発を加速させれば、世の中で本当に使えるものができるのではと手応えを感じ始めたんです。
私はそれまで10年以上、医学物理の分野で研究を続けていましたが、成果が世に出ず、ただの「研究」として終わってしまうことにジレンマを感じていました。そこでこの研究が研究にとどまらずしっかりと社会実装されていくには事業化が必須であり、そしてその事業化への挑戦をすることが最初で最後のチャンスかもしれないと思いました。そんなときに偶然知ったのが、東北大学の「ビジネスインキュベーションプログラム(BIP)」でした。
──大学の研究が社会に実際に活かされることには大きなハードルや隔たりがあるということはよく聞きますが、やはり事業化はそのハードルや隔たりを壊すための重要な手段の一つなのですね。事業化のきかっけとなったBIPの概要を教えていただけますか?
BIPは東北大学の産学連携機構が実施するプログラムで、社会的インパクトのある研究成果の事業化・実用化を支援するものでした。
このプログラムに採択されると、上限500万円の事業化支援金や、東北大学ベンチャーパートナーズなどからビジネス面でのメンタリングを1年間毎月受けられます。それを知って2021年度の学内公募に申し込み、採択されました。
今、私と共に代表取締役をつとめている木村祐利は、このとき社会実装に興味を持った研究室のメンバーの1人でしたね。
──東北大学のBIPは、スタートアップのシードステージを包括的に支援するプログラムなのですね。シードステージのスタートアップにとって500万円は大きな資金だと思いますが、支援金はどのように活用されましたか?
AI放射線治療ソフトウェアの、オンプレミス型のプロトタイプ制作にほぼ全額注ぎ込みました。実用化のための使いやすいUIデザインは、私たち研究者は苦手な自覚があったので、外部に発注することにしました。
放射線画像を扱える発注先を20社ほど検討する中で採用を決めたのが、現在取締役をつとめる海老名亮のいる会社でした。海老名とはUIを含め製品に関する意思疎通がスムーズでしたね。さらに制作期間中、類似商品に負けないクオリティのものが作れると思い、その後アイラトに入社してもらいました。
──BIPで得た資金を自社のウィークポイント解決に全額注ぎ込み事業を補強できただけではなく、経営メンバーの獲得にもつながったというのは、金額以上に大きな価値がありましたね。その後、いよいよ2022年に法人化されていますが、起業にはつきものであるハードシングスはアイラトにもありましたか?
2022年3月、BIPの採択期間が終了するタイミングでアイラト株式会社を設立しました。
法人化の前後は比較的スムーズで、ハードシングスは少なかったと思います。例えば国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「研究開発型スタートアップ支援事業」に、2021年度、2022年度と幸運にも連続で採択され、合計3,000万円の支援金を得ることができました。その資金をもとに、PoCでできるプロダクトの改善を進めたり、国内の主要医療機関からAIの学習のための治療データ買取を積極的に行ったりして、事業を一気に加速させていきました。
しかし2023年4月頃、シードラウンドでの資金調達で難航していた時、その資金調達を担当してたメンバーから、資金調達のためにプロダクト自体の変更を提案されるという出来事がありました。ビジネスの観点からの提案ではありましたが、先ほどお伝えしましたとおり、アイラトは自分たちが大切してきた研究とそこからのプロダクトを社会実装させるという強い意志での起業でしたので、ビジネスのために自分たちの強い意志を崩すというその提案は受け入れることができませんでした。そのメンバーは辞めていくことになりますが、この出来事の結果、私とともに会社に残る選択をしたメンバーの結束は深まり、私自身も死ぬ気でやるしかない、という覚悟が決まったのです。
──ミッション、研究、社会実装、そしてビジネス、様々な思惑がある中での意思決定は迷われたことと思いますし葛藤もあったかと思いますが、やはり原点の意志をつらぬき結果として組織もビジネスも強くし続けられていることは素晴らしいです。
ありがとうございます。しかし当然資金調達には苦戦しました。転機が訪れたのは、九州のイベント「StartupGo!Go!」でピッチステージに初挑戦し優勝したことです。この時このプロダクトが現場で評価される可能性を、初めて感じることができました。
2024年の1月、シードラウンドで8,000万円の資金調達を実施しました。「StartupGo!Go!」で結果が出たことでVCからのお声がけも増え、どこに投資いただくべきかというありがたい悩みまでも生まれました。
とは言え今振り返ると、事業に必要な資金の見積もりがこの時点では甘く資金繰りにとても焦ることがあり、結局、同年4月には2ndクローズとして4,000万円追加調達することとなりました。投資家の方には、「シードラウンドで起業家の見積もりが甘くなるのは想定内。将来性を買うものだ」と言われ、少し安心しました(笑)
──研究開発をビジネス化していくプロセスでは当初の計画予算が上振れすることは多々ありますのでかなり焦ったでしょうね、、。まずは直近の資金調達がうまくいった上で、今後の資金調達計画やプロダクトのアップデートプランを教えていただけますでしょうか?
まず薬事承認が必要なプロダクトのローンチのため、2025年4月から5月頃に、プレシリーズAラウンドという形で、3億円〜4億円の調達ができればと考えています。そして長期的なところで、イグジットとしてはIPO、もしくはバイアウトも視野に入れて動いています。具体的には2030年までに国内シェア30%、アジアでシェア20%をとることが当面の目標です。
なお医療機器のローンチには薬事承認が必要になるため、3段階に分けてプロダクトを出していく予定です。2025年10月にローンチ予定の1号機は、既にある治療計画装置やソフトにアドオン可能な補助装置のような形式で、治療計画にかかる時間を20分程度に短縮できる想定です。その後も2号機、3号機と、治療計画時間がより短縮でき、人間以上の治療計画を立案できるものを目指しています。
──そのプロダクトのアップデートはすごいですね。一方で、医療機関側が次々と最新のハードウェアに買い替えを行うことはよくあることなのでしょうか?
医療業界では、機器は買い切りモデルが好まれ、一般的には5年に1回のペースで買い換えられるので、それを前提とした価格設定にしたいと思っています。この5年サイクルにいかに食い込めるかが、重要になってきます。
──業界慣習の定期的タイミングを狙っていくのですね。プロダクトの競合環境はいかがですか?
現在使用されている装置のメーカー2社を競合として捉えています。そのうち1社は市場の圧倒的なシェアを誇ります。もう1社は、AIでこそないものの、治療計画の業務効率化ソフトをリリースした実績があります。その他、複数社が類似のアイデアをもとに研究開発を進めていますね。
今のところ、教育・研究用ではありますが「RatoGuide」という具体的なプロダクトをリリースできているという点においては、我々は一歩リードしていると考えています。
──医療のハードウェアでは大きな資本が物を言うということももちろんあるかと思いますが、いわゆるグローバル含めて大手企業との戦いについてのお考えもお聞かせいただけますでしょうか?
良質な治療計画について、圧倒的なデータ数を保有することができれば、世界で勝てる可能性があると感じています。
一番治療効果を高められるのは、実際にその計画で治療を行い、患者さんが治った実績のあるデータです。私たちは、自ら臨床に携わっていることもあり、東北大学や他大学の治療効果が高いデータを他社よりも手に入れやすい立場にあり、かつデータの理解も的確に行うことができます。そこがAIの機能性を高める上で、私たちの強みになるでしょう。
──大学発ベンチャーの優位性と言いますか、東北大学だからこその優位性、そこを最大限活用することが大手企業と戦う一つの武器になるということですね。その他の要素で東北大学発ベンチャーとしての良点や、一方で課題に感じていることがあれば教えてください。
そうですね。研究開発のために大学のリソースを使える点、それから専門的な人材獲得に苦労しないという点は大きなメリットです。現在、合計6人ほどのメンバーのうち、半数が医学博士の学位を持っており、現場にフィットするプロダクトをスピード感をもって開発につなげられることが、弊社の強みだと考えています。一方で、ビジネスサイドの人材確保は課題です。今後、そういったビジネスサイド人材の確保含めて大学側からビジネス面でのサポートや、大学から企業への特許の譲渡などがよりスムーズになったら嬉しいですね。私のような大学の教員が、CEOにはなれないという利益相反もこれからの課題です。事業を成功させた東北大出身の方に戻ってきていただいて、リアリティのあるアドバイスをいただく機会があると良いと思います。
──大学発ベンチャーとして研究開発側面での強みは存分に行かせつつ、ビジネス側面ではまだまだ支援を必要としているということですね。それでは最後に、ビジネスサイドの人材が必要とのお話もありましたので、そこについて一言いただいてインタビューを終わりにしたいと思います。
私は基本的には0→1にしか興味がないタイプで、突進力、スピード感がある方です。実家は石川県で複数の旅館を経営していたので、起業家気質は生まれ持っているのかもしれません。経営難で親が旅館を売却するという苦難も経験するなかで、勉強などきちんとやっていたら報われるという感覚も持ち続けてきました。でも、基本的にはいじられキャラですよ(笑)。
今主要メンバーは関東の各地でリモートワークをしていますが、私は組織にはフィジカルつまり対面のつながりも重要だと思っています。今、営業リーダーから始めて、一緒に考え行動してくれる若手人材を募集中ですが、できたらそういう方と、仙台オフィスで一緒にワイワイ仕事がしたいですね。