INTERVIEW
【 株式会社キューテスト 】 孤独な子育てを支える新たな仕組みづくり〜日本の育児環境を変えるキューテストの挑戦〜
株式会社キューテストは、「日本の子育てが楽しくなるインフラを創る」をミッションに掲げ、仙台市を拠点に訪問型の家事代行やベビーシッターサービスを提供するスタートアップです。
代表取締役の中原絵梨香氏は、自身の子育て経験や母親を亡くした幼少期の体験をもとに、0歳児から利用できるサービス「Family Sitter仙台」を立ち上げ、安心・安全な育児サポートを実現しています。
この記事では、中原氏の起業のきっかけから、保育の質を向上させる独自の取り組み、さらにはAI技術を活用した未来のビジョンまで、キューテストの挑戦と展望について詳しく掘り下げます。日本の育児環境を変える革新者の物語をぜひご覧ください!
Interviewee
株式会社キューテスト
代表取締役 中原 絵梨香 さん
株式会社キューテスト 代表取締役
秋田県出身。東北学院大学経済学部卒業後、地方創生系の仕事に携わる。子育ての社会課題解決と経済循環の両立を目指し2021年株式会社キューテストを設立、代表取締役に就任。0歳0ヶ月から頼めるベビーシッター家事代行Family Sitter 仙台を運営し、子育て中の家庭に寄り添った家事育児代行サービスを提供する。
■受賞歴
・SENDAI Social Innovation Sumitt2022 最高賞の東北ソーシャルイノベーション大賞含む3部門受賞。
・仙台X-TECHイノベーションアワード2023 ファイナリストに選出。
・Miyagi Pitch Contest 2025 特別賞(ポケットサイン賞)、オーディエンス賞受賞。
Interviewer
仙台市スタートアップ支援スーパーバイザー
鈴木 修
大学在学時にマーケティング及びEC領域で起業。その後、株式会社インテリジェンスの組織開発マネジャー、株式会社サイバーエージェントの社長室長、グリー株式会社のグローバルタレントディベロップメントダイレクターを経て、2014年に株式会社SHIFTの取締役に就任し国内及び海外グループ会社全体を統括。2019年には株式会社ミラティブでのCHRO(最高人事責任者)、2021年からはベンチャーキャピタルDIMENSION株式会社の取締役兼ゼネラルパートナーに就任。2013年TOMORROW COMPANY INC. / TMRRWを創業し、アドバイザーや社外取締役として、経営や組織人事の側面からスタートアップへのIPO支援や上場企業へのチェンジマネジメントを支援。国内外でのエンジェル投資実績も多数。2023年仙台市スタートアップ支援スーパーバイザーに就任。
─それではまず、事業概要を教えてください。
株式会社キューテスト・代表取締役の中原絵梨香です。2021年に設立したキューテストは、「日本の子育てが楽しくなるインフラを創る」をミッションに掲げ、子育ての課題解決に取り組んでいます。
主な事業は、仙台市内を中心に、宮城県内で訪問型の家事代行やベビーシッターサービスを提供する「Family Sitter 仙台」です。県内で唯一、生後0カ月から利用できる保育事業所となっています。
─生後0カ月から利用できる保育事業所として県内唯一ということは、生後0か月の乳幼児の保育に参入するには何らか難しさがあるということでしょうか?
生後0か月の乳幼児は、眠っている間に急に亡くなってしまうSIDS(乳幼児突然死症候群)が発症しやすく、こまめに状態を確認する必要があります。例えば保育施設では、集団保育の中では保育士の人数次第では細やかな目配りが難しく、子どもの安全を守るために生後2か月までの乳幼児は受け入れない判断をするが一般的です。
Family Sitter仙台では、厚生労働省のガイドラインや同業他社のマニュアルを参考にしながら、安全対策のためのオリジナルマニュアルを30種類作成し、毎月アップデートしています。保育施設以上の厳しい基準をスタッフが遵守することで、乳幼児の保育を可能にしています。
私たちのサービスは2時間から予約でき、1時間は家事代行、1時間はベビーシッターなど、時間内でサービスを組み合わせてご依頼いただけます。ただし、安全のために「家事と保育を同時進行はしない」ことにしているんです。例えば、ベビーシッターの仕事中、お子さんが寝ている間は呼吸チェックに専念します。その間、家事代行の仕事は同時進行しないといった形です。

─厳密なマニュアル化やルール化によって、子どもの命を守っているんですね。
はい。衛生管理のための手洗いのタイミングなども詳細にルール化しています。現在Family Sitter 仙台に所属しているスタッフは保育所で5年以上の勤務経験があり、細かなルールに対応できる土台を持っています。
人の悩みや状態を言語化するスキルが高いのも、保育士経験がある方の特徴です。そのおかげで、各家庭を訪問したスタッフが、細かな状況や背景情報を的確に言葉にしてチームに共有し、次に誰が訪問してもその情報を活かせる仕組みがあります。そのようにサービスの品質を上げ、お客様に信頼いただいたことで、会社として4期目に入ることができました。
─サービスを利用する方々は具体的にどんな方がいらっしゃいますでしょうか?また何歳の年齢のお子さんが多いのでしょうか?
利用者は、家事育児でお悩みの女性の方はもちろんですが、想定以上に男性からの依頼が多いのが特徴です。30-40代の働き盛りの男性が、自分が仕事を休んで家事育児をするよりはプロのサービスを利用した方がよいと考えるようです。また、離れた地域に住む祖父母世代から、「仙台の娘にギフトとして贈りたい」とご相談いただくこともあります。育休がない時代に働いてきて、子育ての経験がない祖父母世代から「沐浴の仕方を教えてほしい」と依頼され、祖父母・父母の4人に囲まれながら教えたこともありますよ。
子どもの年齢は、0歳児が全体の5割ほどで、残りが1歳児~小学生くらいまでとなります。出産後、退院してからすぐに利用される方もいます。

─利用者の方にはさまざまな背景がありますね。続いて、中原さんの起業背景をお聞きしたいのですが、起業前はどんなことをされていらっしゃったのですか?
大学卒業後、ある旅行広告提案の営業をする会社で働き、宮城県の一部エリアを担当していました。私は秋田県出身ですが、東日本大震災を経て「自分の地元だけではなく、東北全体に貢献したい」「観光で人を呼び、街の魅力を知ってもらいたい」と思ったんです。
その後、宮城県丸森町での地域おこし協力隊として働きました。実は、私が小学1年生の時、母が産後うつで亡くなりまして。当時、私を励まし心の支えになってくれたのは地元のおばちゃんたちでした。その経験から「田舎のまちの良さを残す仕事がしたい」と考えていたので、この地域に関わりました。そしてその間に出産を経験しました。
─その時のご自身のご出産経験から、この分野で起業されることになったのでしょうか?
はい。産後に家事育児のことで頼れる先がなく、困ったことが起業のきっかけです。
妊娠時、夫は気仙沼に住んでいて、週末だけ丸森町に来ていました。妊婦の一人暮らしはなかなか大変で、体調が悪くてお皿を洗えず、車も運転できないような時もあって。近くに住んでいる友人が手助けしようとしてくれたのですが、私は頼り方がわからず1人悩んでいました。
結局、担当医が背中を押してくれて、夫の実家がある香川に飛行機で移動し出産しました。その時は義理の両親が手厚くサポートしてくれましたが、子どもを産むたびに長距離移動をするなんてそうそうできないし、産後仙台に戻ってからも大変で。そのような経験から、女性が好きな場所で子どもを産み育てられる環境が大切だと痛感したんです。
母が3人目の子ども(中原さんの妹)を産んだ時に、産後うつで亡くなったのも見ていますから、やはり育児経験がある人でも、家事育児の負担を減らし、心地よく生活できる環境を社会全体で作らなければ、子どもが増えるはずがない。宮城県は2019年から2022年までの4年間、合計特殊出生率が東京の次となるワースト2位なんです。そのようなことから、産後ケアの民間資格を取得し、個人事業主としてベビーシッターや家事代行を始めたのが、今の事業のスタートでした。

─経営者の中には、幼い頃の経験が、経営者としての振る舞いや事業に影響を与えることも多くありますので、中原さんもそうだったのですね。
小学生の時に母を亡くした後は、幼い妹もいる中で甘えられず、厳しい環境で育ちました。時には部活に打ち込んで寂しさを紛らわしたりもしました。起業してからもたくさんの苦しい状況がありましたが、人生の荒波に揉まれながらも長期的に見て良い方を選択し続けてきたことは、今の経営にも活きていると感じます。つまり目の前の売上だけを追いかけるのではなく、遠回りでも事業のための環境整備を地道に行うことを自然とやってこれたように思いますね。
─これまでの人生での経験が経営判断にも少なからず影響しているんですね。ちなみに事業のための環境整備とは、どういったことに取り組んでこられたのでしょうか。保育業界ならではの課題にはどんなことがありますでしょうか?
日本では、ベビーシッターに関係する法律がまだまだ整備されていなかったり、働く環境が整っていなかったりなど課題がたくさんあると思っています。利用する側にとっても、保育所などの施設以外で他人に子どもを預ける心理的なハードルは高いのではないでしょうか。そこで、私たちはまずはベビーシッターに対する信頼感を持ってもらうことに取り組んできました。安全対策のマニュアルもそのためのものです。また、会社の理念に共感しつつ、自発的に現場で課題解決できるスタッフの育成にも力を入れてきました。これらの土台ができてきた今、スタッフを増やし、事業のアクセルを踏もうと考えています。
─この事業はスタッフの質、ひいてはスタッフの育成が何より重要ですよね。顧客面ではどんなことに気をつけていらっしゃいますでしょうか?
私自身は、何か課題があっても、コミュニケーションと仕組みで解決できると思っています。私たちの仕事は人と深く関わるものであるため、コミュニケーションエラーはできる限り起きないよう、仕組みの部分で気をつけています。例えば「家事代行」「ベビーシッター」とは具体的にはどんなことをするのか、お客様によって解釈が分かれやすいので、訪問前には一度お客様とオンラインミーティングを実施し、私たちで対応可能かどうかをすり合わせています。
スタッフとの関係性も、私はコミュニケーションを重視しています。今所属しているスタッフは全員私より年上ですが、私自身は報告・連絡・相談の際の表現や範囲も含め、かなりはっきりと細かくフィードバックするようにしています。ありがたいことに、皆さんすんなり受け入れてくださっています。
以前は、スタッフの課題に対して、解決方法を探るのではなくただ寄り添うだけの言葉をかけたり、友達のような付き合い方になってしまって、失敗したこともありました。優しくしているだけがリーダーではない。自信がなく、不安を抱えているスタッフをちゃんと導けていない自分に気づいたんです。そこで「指摘はするけど、嫌いなわけではないから落ち込まないでください」と言いながらも、リーダーとして明確に伝えるようコミュニケーションのやり方を変えたんです。
─経営や組織にはトップダウンで決めるべきことが多々ありますので、経営者として一定の距離感や意思決定者としての権限を維持することも必要ですね。
そうですね。周りの先輩経営者にも聞いて勉強をしながらチームを立て直していきました。例えば役職を任命する辞令交付の時には、みなさんに自信を持っていただけるよう、その方のいいところをたくさん伝えて前向きになっていただいています。
会社のやり方に意見が出た時には、率直に経営者としての思いや状況を伝えたこともあります。それによって、スタッフとは「同じビジョンに向かう仲間」という関係になれたという経験もすることができました。

─先ほどおっしゃっていたスタッフとの関係構築の失敗は中原さんが経営者として成長するために必要なご経験だったのでしょうね。今後の事業の展望についてもお聞かせいただけますか?
Family Sitter仙台を拡大させていきながら、法人として行うベビーシッター・家事代行にプライドを持って取り組んでいきたいと思います。
最近はベビーシッター法人向けのSaaSを作りたいと考え、そこに搭載する予定のAI開発にも取り組んでいます。4期目に入った今、これからベビーシッター業界を拡大させるためには、優秀な仕組みが必要だと感じています。
仙台は支店経済都市で、転勤で引っ越してきて、地縁がないなか孤独に子育てをする人がいるという課題が存在しています。さらに東北大学が「国際卓越研究大学」に認定されたことで、今後海外から多くの研究者が来るでしょう。地域のさまざまな家庭を支援するためには、私たちもシニア人材や外国籍の人材など、多様なスタッフを受け入れられる組織になる必要があります。
その中で高品質な保育を行おうとすると、予想されるのが文化や言語の壁です。例えば、子育て家庭と義理の実家に不和が起きているとして、日本人ならその関係性をすぐに理解できますが、異なる文化背景を持つスタッフには判断は難しいかもしれません。例えばそんな時に、過去の日報データなどをもとに、推奨される保育や家庭との関わり方をAIが具体的に提案することで、どんな人材でも安定して高品質なサービスを提供できるような仕組みを考えています。
AIで補助する保育はまだまだ構想段階です。「Miyagi Pitch Contest 2025」にも、一部のAI活用アイデアをもって参加しています。
─ベービーシッター事業の領域にも、やはりAIは欠かせないものですね。
また、いずれはベビーシッターのニーズが高い海外への進出もしていきたいと思います。起業家の海外派遣プログラム「J-StarX」の「Local to Global Success コース」に採択されたので、近々ロンドンでピッチを行う予定です。
日本では、保育士が専門性を活かせる保育所以外の職場が、まだ少ないのが現状です。キューテストのサービスが保育の専門家にとっての新しい選択肢になれば嬉しいですし、賃金が低いと言われている保育士の市場価値を高められるよう努めたいと思います。
また私たちとしても、チームを管理できる人材が育ち、クオリティ担保のためのルール整備も進んでいるので、今後は保育士経験が1年以上くらいの方や、「子育て支援員」の資格のある方なども採用させていただきたいですね。
─ありがとうございました。最後になりますが、今後キューテストの成長に向けた支援者になるであろう読者へ、伝えたいことがあればお願いします。
社会起業家という立場から、孤独な子育て、産後うつ、児童虐待といった深刻な社会問題を解決するために取り組んでいますので、同じ志をもつ方と出会いたいと思っています。
スタッフとして一緒に働く形でも、事業で提携する形でも構いません。また、一般のご家庭だけでなく、企業の方にも当社のサービスが広がっていきます。会社の懇親会やイベントでの託児に私たちがお手伝いさせていただくことも多いですし、冠婚葬祭の大切な日にシッターをご依頼いただく方も多いです。「子育て中だからできない」を無くし、子育て中でも活躍できる地域をみんなで作っていきましょう。
