INTERVIEW

【 今野印刷株式会社 】 仙台で100年続く印刷会社が持つベンチャーマインド

今野印刷株式会社|仙台で100年続く印刷会社が持つベンチャーマインド

1908(明治41)年に仙台市で創業し、115年以上の歴史を誇る今野印刷株式会社。代表取締役社長の橋浦隆一さんは、証券アナリストを経て奥様の家業である今野印刷に入社され、34歳で社長に就任。技術や時代のニーズが変化する中で20年以上会社の経営に携わり、デジタルコンテンツの開発や海外展開、M&Aなどに力を入れるなど印刷会社の枠にとらわれない取り組みをされています。

「変わらないのは、変わり続ける姿勢」を掲げる橋浦さんが何を大切にして会社を経営されてきたのか、今後の仙台のスタートアップエコシステムへの期待も含め、お話を伺いました。

聞き手:株式会社ATOMica 仙台拠点長 鈴木郁斗

Interviewee

写真:橋浦隆一

今野印刷株式会社

代表取締役社長 橋浦隆一

1999年、仙台を地盤に115年続く老舗の印刷会社、今野印刷株式会社に入社、2000年代表取締役社長に就任。
「変わらないのは変わり続ける姿勢」を行動指針とし、紙とデジタルの融合を図るべく社内のネット事業部を分離独立させ、子会社「K-SOCKET」を設立。映像やWEB、システム、データベースを用いたマーケティングなど事業のDX化や、地元のスタートアップ育成やオープンイノベーションの推進など、次々と新しい取り組みに挑戦している。

創業100年のベンチャー企業を目指す

2020年に「K-SOCKET」というIT系の子会社を設立しました。コロナ禍では商店街の活性化施策として、仙台市さん、仙台商工会議所さんと連携し「仙台まちいこ」というアプリを開発しました。紙のクーポンなどで配っていた地域商品券的なものをデジタル化して、スマホアプリを用いて1000円以上買い物をすると1つスタンプがもらえて、4つ集めると2000円キャッシュバックがあるというものでした。 社長就任直後の2000年に「創業100年のベンチャー企業を目指そう」と呼びかけ、そういうのを面白いと感じた人間がついてきてくれて、今のIT子会社の前身となるネット事業部というものを設立したわけです。100年企業ですし、私自身も5代目社長ではあるんですが、気持ちは第二創業的にビジネスモデルの変換をしていくぞと考えながら、20年以上会社を経営してきました。イノベーションや新しい価値を発見するというところに対して、非常に興味を持ちながらここまでやってきたということです。

ですので、スタートアップ界隈の人たちと、比較的考え方が合うと勝手に思っています。スタートアップの人たちからすると、そんな100年も続いているような古臭い会社に何ができるんだって思われるかもしれないですが、100年続くことのエッセンスは、「変化し続けること」にあるわけです。100年前、我々は活版印刷という技術で商売していたわけですが、それがオフセット印刷に変わり、そして電算写植というやり方に変わってDTPになって、さらにネットの方にという流れでいくと、この業界そのものが常に技術革新の中に置かれて、そこにうまく乗っかった会社が生き延びていると理解しています。既存のビジネスモデルに乗っかったままずっとやれる業界も、会社もないというのが大前提なんです。

 であれば、世の中の流れに合わせて、どう自分たちのリソースを新しい消費者、あるいはそのクライアントのニーズに合わせて対応していくかというのが、最も重要なんです。これは本当に老舗であろうがスタートアップであろうが変わらず一番のテーマだと思ってます。

 100年続くということのもう一つの意味は、仙台という地に根ざして100年やってきているということなので、地域とともに歩んできたという自負があります。そういう意味では地域の問題解決に我々地元の企業がまずしっかりとやらなきゃいけないという思いがあります。

 意外に僕のバックグラウンドにも関係していると思っていて、一つは僕が印刷業界の出身ではないということです。20年前までは第一生命経済研究所というところに勤めていて、証券アナリストをしていました。メインはエコノミストですが、経済分析をメインに若手時代10年間ぐらいは過ごしていて、研究所で今活躍している人たちはみんな僕の後輩でして、日経新聞のシンクタンクで2年間勉強したこともありましたし、本質的な流れというか、大きな流れを捉える訓練は研究所時代に嫌というほどやらされました。

 比較的金融の世界に来る人って安定志向の人が多いというか、まさか会社がなくなるなんていうことは夢にも思ってないわけですよね。でも、実際にはそういうことは平気で起こりうるわけで、安泰な業界というのはないんです。それぞれの会社としてはもちろん生き残っているわけですが、長くやっているから安心ということは全くない。ビジネスモデルは変わっていくし、消費者の嗜好も変わるし、あとは商流っていうものも変わっていくわけですよね。

そういう意味では、変わらないことの方がリスクだっていう基本的な考え方は僕の中に染みついているんですが、どうやってこれを変換していくのかということに関しては、だいぶ苦心しながらやりましたね。戻ってきてしばらくしてWindows95が一般の家庭にも入りこむようになって、印刷業者が代行していた仕事がなくなるのは目に見えていました。だとすれば、違う方法を考えなきゃいけないということで、折しも今取り組んでいるような、データを使ってやることに目をつけました。常にクライアントのニーズと、それから我々のケイパビリティをどう結びつけて、背伸びしながらどこまでできるんだっていうようなことをやっている点で言えば、まさにこれはスタートアップのマインドセットに近いんじゃないかなと私自身思っています。

手作りの質感を生かし、活版印刷を使った製品も展開する

変わらないのは変わり続ける姿勢

 何と言っても証券アナリストですから、何でも数字で分析しようとするわけですよ。最初はバチバチぶつかりましたが、ある時中小企業の中で何かをやろうと思ったら、理詰めではなく思いに訴えなきゃいけないということを学びました。ぶつかりもしましたが、意外に古株の人たちも最後まで協力してくれたりとか、今でも70代オーバー、会社の先々代くらいからの社員さんがうちの会社で頑張ってくれていたりとか、その辺は本当に話せばわかるじゃないけど思いが通じればやってくれたかなと思います。

 うちの経営理念って非常にシンプルにしていて、社会に必要とされる会社であり続けるというのが理念なんですが、社会に必要とされるということがまさに付加価値を生まなければいけないっていうことなんですよね。社会というのは、まさにステークホルダーのことで、クライアントであり、それから取引先でもあります。本当に三方よし、四方よしの考え方で、地域社会も含めたステークホルダーの人たちに、今野印刷さんが     仙台にあってよかったよねって言われるようにするのが我々の行動規範なんですが、お客さんに必要とされるって実は難しいんですよね。一つ例を言えば、他に差がなければ価格競争だけで業者選定というのは決まるわけです。お客さんにこの案件は今野印刷さんにやってもらわないと、と言われるような、必要とされる存在というのを目指していくということです。

 会社の利益の裏返しは付加価値ですよね。付加価値というのは、お客さんが決める話ですよと会社の中では言っています。それがまさに社会に必要とされるというところで、「付加価値を生まないと相手にされない」ということなんです。どこでもやれる仕事だけやっていたら、これはもう儲からんと。社会に必要とされる=付加価値を生み続ける、それをやることによって我々は利益を生むという考え方なので、非常にシンプルな経営理念です。

 我々は地域を裏切らない会社ですよということをアピールしつつ、そこに誇りを持って、地域とともに歩む、あるいはそのクライアントに対して短期の利益で食い逃げするようなことはしませんと、長いことお付き合いしていくんですよという姿勢は安心感に繋がっていると思いますし、地域の中での一定のプレゼンスというか評価をいただいているということになっていくと思います。これが実際に100年続いているからこそ、説得力を持って皆さんにお伝えすることができるんです。

 これは本当に企業の成長ステージによって変わってくるんですよね。価格というのは一つの大きな競争の尺度でありますから、これはもう無視できないですよね。だから、価格競争はしないという綺麗事を言って、コスト削減をしないという怠惰なことをやっていると、それはそれでまた具合悪くなっちゃうので、価格は競争要素としてはめちゃくちゃ大事だということを意識した上で、付加価値を生んでいかなくてはいけません。要は同じ価格だったら今野印刷さんの方がいいよねって言わせることが必要なことだと思います。だから印刷でも、我々が価格勝負を挑まれた時にも勝てるだけのコスト競争力を常に持っておかなくてはいけないというのは社内でずっと言い続けています。やろうと思えば、同じ値段でもやれますよと。いざ勝負をかけられたら、戦えるような体制は作っておかなければいけないということも事実です。

 これはねもう正直言って、できる人とできない人がいます。言われたことだけやっている人もいれば、その裏で本当は何をしてほしいのかなっていうところまで先回りをして、手を打つ人もいます。まさにこの2種類しかないんですが、後者の割合の方が少ないのは事実です。ただ、それがいるということが大事ですし、その割合を少しずつ増やしていかなきゃいけないというのが現状です。ただ、これは難しいです。教えればできるものじゃなくて、経験とセンスに依存してしまうのかなっていうところで、何かそこでこうすればそうなるよっていうのは今の私から言うことはちょっと難しいです。

 ただ、理念や大事にしていることをしつこく言い続けることは、やらないよりはやった方がよくて、短絡的なところで価格競争に走ったりとか、こちらのルートセールスだけで終わってしまうようなことで安心しちゃうような人をいかに減らすかっていうのは、言い続けるしかないのかなっていう感じです。ただ、そういう人たちを責めるかっていうとそうではないです。それが普通だということを前提にして、その普通の人たちをどう少しずつ刺激をしていきながら、しっかりと見てあげるかが大事なんだと思っています。

 私は、近頃何にもしてないに等しいです。思いついてこっち行こうぜって旗を振るぐらいで、実は一切やらないです。そういう意味で言うと財務は財務の専門家がいますし、営業は営業の専門家がいますし、テクニカルなところに関しては、それぞれの専門家がいます。そういう意味で言うと、この何年か社長やる中において、そういう右腕を育ててきたからこそ今僕が楽になると。

 任せるところは任せるというのが、10年以内にはどんな経営者でもやった方がいいと思うんですよね。1人で全部は絶対無理だし、経営者が忙しすぎると平和にならないと思いますね。あるM&Aの例でいくと、営業兼社長は営業センスはめちゃくちゃあるんですが、資金繰りとか経営が苦手だったんです。私どもがお手伝いするようになってから、財務の専門家をつけさせて、マネジメントの方で私が入ってというふうにやったら、もう業績はうなぎ上りです。苦手なことをやらせると、両方に悪影響が起きるんじゃないかなと思うので、営業得意な社長さんは営業に特化する、マネジメントは任せるっていうようなところでいいのではないでしょうか。

 もう一つ財務に関しても、それこそ私が取った証券アナリストの資格を取ることは大変なのですが、財務を知っている世界の人たちは難しいというのを知っているので、社内の財務担当者から一目置いてもらえたりもします。あえて指摘するわけですよ、すると社長は財務もわかっているんだなとピリッとするわけです。データベース関係のところやネット関連のところも、昔ちょっと基本的なプログラミングをやったのでそういう考え方とかを基に話をすると、これは社長は騙せないってピリッとするわけです。

 印刷の技術に関してもずいぶん勉強しました。私は印刷業界出身ではありませんがメーカーさんに色々聞いたりして、他の印刷会社さんの社長さんよりも、印刷技術に関して僕は詳しい方だと思います。ただ自分では一切やらずに、知った上で任せています。知らないで任せるのは、任せるとは言わないんです。ちゃんと自分が理解した上で任せる、最後、相談があったら相談に乗れるような状況にいないといけないっていうことです。そうじゃないとなめられますので、右腕をしっかり作るためにはなめられちゃ駄目だってのが一つあります。一方で任せたら、口は出さない、報告はさせるっていうのは大事なんじゃないかなと思います。

仙台らしい、スタートアップのエコシステムを

 そうですね。ユニークポイントを作っていかなければいけないと思っています。そこは仙台のスタートアップのしぶとさのようなものはユニークだと思っていますし、東北大学発のディープテック系のスタートアップも1つでしょう。ただ東京と同じことをやっていたら別に東京に行けばいいじゃんという話になっていくし、東北大学発のスタートアップが、全部東京に持っていかれたら、それはあまり面白くないですよね。

 実はユニコーン型のスタートアップでさえ社会問題の解決がないと、受け入れられない。みんな社会に何らかのインパクトがないと、新たな価値を生み出せない時代です。何か新しいモデルを仙台から示せると、5年後10年後に仙台のスタートアップはシステムのポリシーがあったからうまくいったとなるといいなと思ってますね。

 仙台はやっぱり規模感ですよね、コミュニティの中であっという間に顔見知りになってしまうくらいの規模感は大都市にはありません。

 もう一つは、仙台市さんとの距離感です。熱心に支援してくださっていますし、仙台がスタートアップにとって非常に居心地の良い街だというのは、仙台市さんがここまで知見を持ってスタートアップについて考えてくれているからだと思います。スタートアップスタジオができたことによって、ますますそれが加速するということでいうと、よりスタートアップにとって心地よい街になっていくでしょうね。

 僕はゴルフもスキーもやるし、街中で買い物もしたいし映画も見たいので、それを考えると仙台は全部できて便利ですよね。QOLっていう意味でとてもいいと思います。海も山も近いので、アウトドア的なものが好きな人にとっては最高の場所です。あとは食べ物も美味しくて暮らしやすいっていうのは、大事なポイントだと思います。人生が豊かになりますね。

仙台をますます魅力的なまちにしていくためには、スタートアップの存在が大切だと思います。経済的にも発展するし雇用の受け皿にもなるし、まち全体が活性化していく。あるいは元気があるまちだと外からも見えてくると思いますので、本当にそういう意味では、スタートアップスタジオを拠点に、仙台のスタートアップが盛り上がればスパイラル的に仙台の魅力度が高まっていくんじゃないかなと思います。