INTERVIEW

【 輝翠TECH株式会社 】 月面走行技術を応用し農家を支援するAIロボティクススタートアップ

輝翠TECH株式会社|月面走行技術を応用し農家を支援するAIロボティクススタートアップ

仙台市は、仙台のみならず東北全体のスタートアップ・エコシステムの発展に向け、様々な起業支援施策を生み出し、積極的に取り組んでいます。
グローバルチャレンジするスタートアップ、大学研究開発型スタートアップ、社会課題解決型スタートアップなど、この東北の地には様々な事業があり、そして起業家がいます。また、震災を経た経験があるからこその、地域に貢献しようとする強い想い持った起業家も増えています。
こうした様々なタイプの東北の起業家はどういう想いを持ち、どんなキッカケで、どのような挑戦や苦労を経験しながら成長し続けているのか。本シリーズでは、起業家にインタビューし、そのストーリーを解き明かしていきます。
今回は、アメリカから東北大学に留学で来日し、東北の地で目の当たりにした農業の課題を月面技術を応用したロボットとデータで解決すべくグローバルチャレンジするアグリテックスタートアップ『輝翠TECH株式会社』のCEOであるタミルさんをインタビューしました。

Interviewee

写真:タミル・ブルーム

輝翠TECH株式会社

CEO タミル・ブルーム さん

AI・ロボティクス技術や宇宙ロボットのノウハウをAGTECHに取り入れ、日本および世界の果樹園農家に力を与えることを目指す輝翠TECHのCEO兼 創設者。
UCLAにて制御とロボット工学分野で修士課程を卒業。東北大学では、宇宙ロボティクスラボでローバーや登山ロボットなど様々な月面探査用のロボットへ、AI強化学習やその他AI技術を応用する研究を行い、博士号を取得した。
フランスの国際宇宙大学、中国(北京)の清華大学、スペイン(マドリード)のUC3M等、数多くの交換プログラムに参加。また、カリフォルニアにあるSpaceXとAerovironmentに参加し業界経験を積んでいる。

Interviewer

写真:鈴木修

仙台市スタートアップ支援スーパーバイザー

鈴木修

大学在学時にマーケティング及びEC領域で起業。その後、株式会社インテリジェンスの組織開発マネジャー、株式会社サイバーエージェントの社長室長、グリー株式会社のグローバルタレントディベロップメントダイレクターを経て、2014年に株式会社SHIFTの取締役に就任し国内及び海外グループ会社全体を統括。2019年には株式会社ミラティブでのCHRO(最高人事責任者)、2021年からはベンチャーキャピタルDIMENSION株式会社の取締役兼ゼネラルパートナーに就任。2013年TOMORROW COMPANY INC. / TMRRWを創業し、アドバイザーや社外取締役として、経営や組織人事の側面からスタートアップへのIPO支援や上場企業へのチェンジマネジメントを支援。国内外でのエンジェル投資実績も多数。2023年仙台市スタートアップ支援スーパーバイザーに就任。

―それではまずは、事業内容について教えていただけますでしょうか?

輝翠TECH株式会社CEOのタミル・ブルームです。輝翠TECHは東北大学発のアグリテックスタートアップとして2021年に創業しました。私たちは、宇宙探査技術を取り入れた農業用ロボットAdamと、AIによる自動データ解析サービスNewtonの開発提供に取り組んでおり、現在、東北大学マテリアル・イノベーション・センター内に本社、千葉県に開発センターを置いています。

―月面での走行技術を農地に活かすロボット、言われてみればナルホドと思ってしまいますが、その技術発想は素晴らしいですね。どのようなロボットなのか、特徴をもう少しお聞かせください。

AIの力で月面走行する技術を使って、農地のデコボコ道や、果樹の枝の下など狭いところを自動走行できるロボットです。イメージとしては、操縦者が乗る必要のない軽トラのようなもの。さまざまな形状の農地で、農作物を自動で運搬をしたり、アタッチメントを取り付けて草刈りをさせたりすることができる、汎用性の高いものを目指しています。


―デコボコの農地を軽快に走行するロボット、ワクワクしますね。そのロボットで実際に農家さんのどのような課題解決を目指していますか?

一般的に、農業の課題は3つあると思っています。1つ目は利益率の低さ。2つ目は高齢化による人手不足。3つ目が手作業や危険な作業が多いこと。Adamはこれらすべての課題に対応できるよう設計しています。日本はもちろん、アジアやヨーロッパなど海外の農業界でのニーズも視野に入れています。

―たしかに、このロボットはグローバルマーケットを狙いに行けますね。グローバルで見ても、やはり月面走行の技術が活かされているというのがユニークネスであり最大の強みでしょうか。

はい。デコボコ道の自動走行は、シンプルに見えて案外難しく、世界的に見ても他社にはない技術です。また、限られた作物や、一定の動作に特化したロボットが多いなか、Adamは汎用性を高めることで生産コストを下げ、さまざまな農家さんにとって使いやすいようものになるよう、実地でのフィードバックをいただきながら開発を進めています。


―続いて、冒頭でおっしゃっていましたAIによる自動データ解析サービスNewtonについてもお伺いできますか?

ロボットが自動的に農園を走り回りながら、データを自動収集し、分析する仕組みです。例えば農地の土壌や病害虫のデータから、多種類ある農薬の中でどれが最適かなどの判断をAIが自動で行うことができます。また作物の生産量予測、販売計画の策定や収益予測などもAIが行って、その情報を農家さんに言葉で伝えられるようになります。

―農業において生産や農薬や販売などのオプティマイズはとても重要でしょうし、かなりニーズがありそうですね。現在の開発進捗や、今後の計画もお聞かせください。

現在AdamについてはPoC(概念検証)の最終段階です。今年はほぼ完成形のロボットを青森のリンゴ農家さんに使っていただきながら、使い勝手や必要な機能についてのフィードバックを集めています。この秋には、実際の収穫物の運搬をしてもらって、調整や改善を実施予定です。それを経て、2024年から本格的な販売を開始します。

輝翠TECHとしては、できるだけコストを下げてロボットを普及させたい。運搬だけでなく、自動草刈り、自動農薬散布も行えるものとして開発していきます。将来的には海外、例えばインドネシアやヨーロッパなどでもPoCを実施し、従来の農機具のような年間数百台の規模感ではなく、1年で10万台の販売を一つのベンチマークとしたセールスを展開していく予定です。

データ解析はこれから実装していきますが、ロボットが農地を走ることで、広く細かく、データを収集できるようになるでしょう。こうして収集したビッグデータの販売も視野に入れています。いわゆるBtoF、つまり農家さんに輝翠TECHサービスのファンになってもらいたいと考えています。

―タミルさんご自身についても是非お伺いさせてください。タミルさんは元々宇宙開発の分野出身とのことですが、そもそもなぜ農業の分野で起業しようと思ったのでしょう?

私は元々農業にそこまで興味があった…というわけではありません。大学の時はアメリカで航空宇宙工学を学んでいました。2015年に来日したときも、その後またUCLAに戻って修士号を取得したときも、月面走行ロボットについて研究していました。

今の道に進むきっかけとなったのが、UCLA在学中、アメリカの航空宇宙メーカー・スペースXで働く機会を得たことです。民間のベンチャー企業がNASAでもやっていない研究を行い、成果を上げられる。この時スタートアップというものに強く興味をもちました。

その後、仙台や東北大学との繋がりを活かしながら、障害物だらけのデコボコ道で、AIを使って安全な着陸ができるような月面ロボットの研究を行い、東北大学で博士号を取得したのですが、実はその間、東北各地の旅行も楽しみました。日本の田舎の景色、美しい畑や古い建物を見ながら、車を走らせるのが好きでしたね。そのなかで、日本の農家さんと触れ合い、農業の体験プログラムなどにも参加しました。

私は農家さんを尊敬していて、日本の、食べ物を大事にする文化がすばらしいと思っています。一方で東北の農家さんのほとんどがおじいちゃんおばあちゃんで、重い物を運ばないといけなかったり、腰を痛めたりなど、大変な苦労をしていることもわかりました。

スペースXの中で、スピード感をもって働くのはすごくかっこいいでしょう。でも、宇宙の仕事をすることは、果たして今本当に必要とされる社会貢献なのか。私の研究した技術を使えば、農業の分野において、より社会に貢献できると思い、今の道を選んだのです。

―輝翠TECH創業の背景には、学生の頃のNASAやスペースXなどでインターンシップの経験が大きかったのですね。インターンシップについては、アメリカと日本では内容だけでなくそもそも大きく意義や目的が違いますよね、アメリカではインターンシップはリアルな仕事そのものであり学生が自分のキャリア観を見出す機会になると言いますか。

アメリカでは、企業側のインターンシップ生の受け入れが盛んです。そもそもアメリカの大学では、入学時は専攻を決めなくてもよいため、私も大学に入ってから自分が本当に学びたいことは何かを探しました。そして授業を受けるなかで、宇宙ロボットへの興味が生まれ、その時にNASAでもインターンをさせてもらい、関心を深めることができました。それから大学院時代のスペースXでのインターンと続きます。複数の場所でのインターン経験があったからこそ、自分には伝統的な組織よりも、スタートアップの方が合っているということも、見つけることができたんです。

―そうしてアメリカで経験を積んだタミルさんが、この東北の地で起業されましたが、具体的にはどのように起業されたのですか?

2020年9月頃、TGA(東北グロースアクセラレーター)に申請したことが起業のスタートとなりました。アイディアはいくつもありましたが、申請したのはすべてアグリテック関連でした。そこから1年間は、クラウドファンディングで資金調達をした上で、福島の農家さんと協力してロボットを作り、1年後の2021年9月に輝翠TECHをスタートさせることができました。

―東北でのスタートアップピッチコンテスト、そしてクラウドファンディングが起業の起点になったのですね。あえての質問になりますが、日本で起業するにあたって苦労した点はどういったことがありましたか?

一番は言葉の壁ですね。農家さんと話すことで少しずつ日本語を覚えていきましたが、起業にあたっての手続きはそれでも難しかったです。例えば投資家とせっかく話がまとまっても、資金を振り込んでもらうための銀行口座がない。外国人で、学生。卒業にあたってアパートを退去せねばならず住所も変更中。そんな時期に銀行口座を作りたくて、10件くらいの銀行と話をしましたが、1つも作ることができませんでした。しかし、そこで起業を諦めようとは思いませんでした。

もう一つは、資金調達です。日本の投資家はリスクを取りたくないと考える傾向が強いと思っています。アメリカではミッションやプランベースで投資を受けられ、一緒に事業を育てていく側面が強いですが、日本は試作機などこれまでの成果やエビデンスを重視しますので初期の資金調達のハードルは高くなっています。このあたりは、日本特有の難しさだと思っています。

―東北大学はスタートアップ創出にとっても重要な人材や研究の宝庫ですし、タミルさんのような海外からの留学生の起業も促進していきたい中で、タミルさんが苦労されたようなことなきよう環境整備もしていかなければならないですね。苦労されることも多かったと思いますが、起業に必要なサポートはどのように得ていきましたか?

東北大学の研究室の方や友人たちのサポート、さらには東北大学発ベンチャーとしてすでに起業されていたElevationSpaceのCEOの小林さんには会社設立の手続きについて詳細に教えていただきました。また開発初期は資金もなく謝礼も払えなかったのですが、輝翠TECHのビジョンや、農業を支えたいという想いに共感していただいて、プロボノとして参加、支援してくれた方も多数いらっしゃいました。

―たくさんの方々に支援いただけているのは、タミルさん、そして輝翠TECHのミッションや想いがあるからこそですね。輝翠TECHのメンバーも増えていることと思いますが、どんなメンバーがいらっしゃるのか教えてください。

フルタイム、インターン、プロボノ含め20人くらいで活動しています。ハードウェアの設計、農家さんが扱いやすいUI・UXの制作、また国内の営業、資金調達などの仕事がありますが、台湾、スウェーデン、アメリカ、カナダ、日本など、世界各国のメンバーと連携をとりながら進めています。

―輝翠TECHにはグローバルで多彩なメンバーが参画されていいますね。会社のカルチャーはどんなカルチャーですか?

比較的若いメンバーが多く、友達のような関係を育んでいます。一方で、個々人が過度に依存しあわず、セルフモチベーションを高くもって行動するような雰囲気があります。スタートアップの業界は変化がとても激しいので、その状況に適応していく力が、働く上では必要になります。みんな、ハードな仕事の中にも楽しさを見出して、やっていますね。

―まさにスタートアップそのものといったカルチャーのようですね。そんな輝翠TECHを率いるCEOとして、リーダーとして、タミルさんが必要だと思うことは何でしょう。

起業をする場合に最も大切なのは仲間とのコミュニケーションだと思います。一緒にがんばってくれるメンバーが同じビジョンに向かっていくためのコミュニケーションを、きちんとしなければいけません。当然1人ではすべての問題に対処しきれないので、対応できる人を見つけて、協力してもらう必要があります。

より具体的には、相手の話を良く聞くこと、そして複数の人を巻き込むこと。そしてフランクなコミュニケーションをすることです。フランクさとは、例えば、何か進捗が遅れているとしたら、それを隠すのではなく、早い段階ではっきりと共有できるということ。壁にぶつかること自体に問題はないんです。それがどんな壁で、どうしてぶつかったか、そして解決には今何が必要かを明確にできることが必要です。

―変化が常であるスタートアップにとってとても重要なコミュニケーションスタイルですし、そういったコミュニケーションカルチャーはとても素敵ですね。最後になりますが、この記事を読んでくださっている方にも、今後の輝翠TECHの成長に向けた支援者がきっといらっしゃると思いますので、伝えたいことがありましたらお願いします。

いくつかあるのですが、1つはビジネスアライアンスのできる会社を探しています。ロボットの部品やカメラ、センサー、特に土壌のデータがとれるセンサーを作っている会社とはぜひ繋がりを作っていきたいですね。またVCやCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)との繋がりも求めています。

もう1つは、一緒に働くメンバーを募集しています。日本人なら国内で営業ができる方、あるいはエンジニアとしてプロジェクトマネジャーができる人材が必要です。学生、プロボノも歓迎します。詳しくは輝翠TECHのwebサイトなどもご覧ください。東北を入口として、関東など全国各地に。環境問題や食糧問題など深刻な課題と向き合い続け、世界の農業界に貢献する意欲と熱意のある方を、私たちは求めています。