INTERVIEW

【 パワースピン株式会社 】 半導体業界のゲームチェンジャーとなり、未来の社会のインフラとなる

パワースピン株式会社|半導体業界のゲームチェンジャーとなり、未来の社会のインフラとなる

仙台市は、仙台のみならず東北全体のスタートアップ・エコシステムの発展に向け、様々な起業支援施策を生み出し、積極的に取り組んでいます。
グローバルチャレンジするスタートアップ、大学研究開発型スタートアップ、社会課題解決型スタートアップなど、この東北の地には様々な事業があり、そして起業家がいます。また、震災を経た経験があるからこその、地域に貢献しようとする強い想い持った起業家も増えています。
こうした様々なタイプの東北の起業家はどういう想いを持ち、どんなキッカケで、どのような挑戦や苦労を経験しながら成長し続けているのか。本シリーズでは、起業家にインタビューし、そのストーリーを解き明かしていきます。
今回は、東北大学で生まれた世界最先端の研究技術を武器に半導体業界のゲームチェンジャーとなり、未来の社会の新たなインフラカンパニーとなるべくチャレンジをしている東北大学発の“大人”スタートアップ、パワースピン株式会社の代表取締役&CTOである遠藤さんを取材しました。

Interviewee

写真:遠藤 哲郎

パワースピン株式会社

代表取締役 兼 最高技術責任者 遠藤 哲郎 さん

1962年東京生まれ。1987年 東京大学理学部卒。1987年東芝入社、NANDメモリの研究開発と事業化に従事。1995年東北大学電気通信研究所講師に着任、同年東北大学より博士(工学)を取得、その後、同助教授・同准教授を経て、2008年同教授に昇任。同年 東北大学学際科学国際高等研究センター教授を経て、2012年東北大学大学院工学研究科教授、現在に至る。加えて、2010年より東北大学省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター副センター長兼務、2012年より東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター センター長兼務。2012年より仙台市国際産学連携フェロー、2017年より東北大学リサーチプロフェッサーを拝命。3DNANDメモリ、STT-MRAMやSOT-MRAMなどの高集積不揮発性メモリ、不揮発性ロジックや高性能CMOS回路など超低消費電力化アプリケーションプロセッサー、GaN on Siベースパワーエレクトロニクス技術に関する研究に従事。2016年産学官連携功労者表彰「内閣総理大臣賞」、3DNANDメモリの発明により、2017年全国発明賞などを受賞。

Interviewer

写真:鈴木 修

仙台市スタートアップ支援スーパーバイザー

鈴木 修

大学在学時にマーケティング及びEC領域で起業。その後、株式会社インテリジェンスの組織開発マネジャー、株式会社サイバーエージェントの社長室長、グリー株式会社のグローバルタレントディベロップメントダイレクターを経て、2014年に株式会社SHIFTの取締役に就任し国内及び海外グループ会社全体を統括。2019年には株式会社ミラティブでのCHRO(最高人事責任者)、2021年からはベンチャーキャピタルDIMENSION株式会社の取締役兼ゼネラルパートナーに就任。2013年TOMORROW COMPANY INC. / TMRRWを創業し、アドバイザーや社外取締役として、経営や組織人事の側面からスタートアップへのIPO支援や上場企業へのチェンジマネジメントを支援。国内外でのエンジェル投資実績も多数。2023年仙台市スタートアップ支援スーパーバイザーに就任。

―それではまずは、事業概要を教えてください。

パワースピン株式会社代表取締役&CTOの遠藤哲郎です。私たちパワースピンは、東北大学が有する世界最先端の研究成果であるスピントロニクス半導体技術の社会実装を加速させることを目的に、2018年に起業しました。低消費電力で動作するスピントロニクス半導体によって、カーボンニュートラルな省エネ社会、AI、IoTやDX等を活用した暮らしやすい社会の実現を目指します。

―基本的なところからお伺いしますが、スピントロニクス半導体と従来の半導体ではどのような違いがあるのでしょうか?

従来の半導体は、電荷の有る無し、つまり1か0かで情報を処理しています。この膨大なデジタル情報は、制御をしておかない限り放電してゼロになってしまうという性質があります。その制御のために、コンピュータを動かしていないときでも電力を使い続ける必要があります。スマホを全く使っていなくてもバッテリーが減るのはこのためです。

一方、スピントロニクス半導体は、電子のもっているスピンの向きが、平行か反平行かで情報を処理します。磁気の性質というのは、電力供給をしなくても維持される材料学的な特性です。スピントロニクス半導体は、その材料学的特性を利用して、電源を切っても情報を維持し続けることができます。

―従来の半導体よりも低消費電力で動くとされる原理はそこにあるのですね。具体的にどの程度の省エネが見込めるのでしょうか。

鈴木さんがパソコンで何かテキストを書いているとします。1秒間に何回キーボードを打っているか考えてみましょう。例えばがんばって10回打っているとします。でも、パソコンの中に入っているCPUはギガヘルツの単位です。これは1秒間に10億回計算できる性能を持っていることを意味します。それを1秒間に10回しか使っていない。それなのにCPUは、情報の制御のためだけに、残りの計算回数分の待機電力を使っているのです。もし仮に、キーボードを打った瞬間だけの電力でよいとしたら、理論上は1億分の1の電力で十分ということになります。

これはあくまで原理上の話です。しかし、実際の技術開発と試験において、スピントロニクス半導体は従来の半導体と比べて、消費電力を100分の1~1000分の1にまで抑えることに成功しました。それでいて半導体自体の面積を5分の1~10分の1程度に小さくし、価格を10分の1に、そしてスピードは100万倍にすることができる。これはすべて理論値ではなく最終製品ベースの値となります。

―消費電力の優位性だけではなく、サイズもスピードもプライスも全てに優位性があるんですね。そしてそれが原理ではなく実測値で出されているのが驚きです。製品として使えて売れる技術開発ですね。

ここは少し強調をしておきたいところで、自虐的に言うのですが、大学の先生が「原理的にこうなる」と言うことは、だいたいそうはならないんです(笑)。先ほどの例でも、製品ベースでは、待機電力の時間帯に完全に電力を切るわけではない。電力を切らない方が早く動く、壊れにくい場合もあるわけです。結局、どれだけ技術がすごくても、使いにくいものは売れない。お客様が欲しいものが売れますから。この点を、パワースピンは一貫して重視しています。

―なるほど(笑)。ディープテック領域の大学発ベンチャーとしてパワースピンさんのR&DとBusinessの発想はとても良いロールモデルになりますね。そういった意味で、経営体制も役割分担がなされていると思います。現在、遠藤さんはCTOとして技術面を担い、福田悦生さんが代表取締役社長&CEOとして経営面を担っておられますが、この体制になった経緯をお聞かせいただけますか?

福田CEOと私は東芝ULSI研究所の同期です。1987年に入社し、お互い研究開発に携わってきました。福田さんは多才で、2001年に社内スタートアップの立ち上げなどを行い、その後もM&A、そしてIPOにも3回成功するなどエンジニアから経営の方へ行かれ、実績を重ねて来られました。

私の方は、1995年に東北大学へ移り講師・助教授・准教授を経て、2008年に教授になりました。2012年より東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター(CIES)のセンター長として、CIESコンソーシアムなどで成果をあげているころ、福田さんと再会したのです。特許なども900件以上とっていましたが、福田さんに「なんぼ儲かっているの」と聞かれて、「給料でやっている」と答えたら、「お前はバカか」と一蹴されました(笑)。「そんなに技術があるなら、ベンチャーをやってみてはどうか」と。

しかし私としては、大学発ベンチャーをしている人を見ていて、ただただ多忙になるだけに見えていましたし、東芝時代に事業の立ち上げや営業も経験させていただき、経営の難しさも知っていたので、とても会社なんてできないと思っていたんですね。

ところが福田さんが、「経営なら任せろ」と。そして私は自分の持っているネットワークの価値が分かっていなかったのですが。私は、メジャーな半導体メーカーの研究者はもちろん、各企業の役員クラスにすぐにアクセスできる人脈を持っている。福田さんから、「ベンチャーは仕事をもらうのが大変で、顧客と関係性を作るところから始めるのに、すぐにトップセールスできるじゃないか」と。「顧客も遠藤さんの技術が良いことが分かっているから、会社を立ち上げたら1年目から売上を上げられるじゃないか」、と言われて。

―新卒同期からの偶然の再会、そして起業、素敵なストーリーですね。大学発ベンチャーというと、種(シーズ)はあるが、いわゆるセールスやマーケティングというビジネスの部分がボトルネックであり一つの谷になることがほとんどなのが現実。パワースピンさんは、福田さんという存在によって当初からそこがクリアになっていたんですね。

起業までの1年ほど、2人で喧々諤々しましたよ(笑)。でも福田さんが経営をしてくれるなら、私は技術・事業をやればいい。そして、ネットワークの価値も、福田さんに教えてもらうことで私の中で再定義ができた。それで2人で起業しよう、となったのが2018年です。

ただその頃は、いわゆる利益相反ということで大学教授は代表取締役にはなれませんでした。福田さんもIPO案件を受け持っている最中だったので、福田さんと私の共通の知人の政岡徹さんに代表になってもらい、パワースピン株式会社を立ち上げました。

その後、学内の規制緩和も進みましたし、投資会社やVCから、これはやはり遠藤さんの会社なんだから、出資するには遠藤さんに代表になってほしいと言われて。そうしたことを経て、2022年に福田さんと共同代表として就任いたしました。

―大学でのスタートアップ創出活性化のためには、まだまだ改善や抜本的見直しが必要な制度や空気的なところは多々ありますよね。少し話が戻りまして、福田さんとは東芝の新卒同期とのことですが、当時から良くご存知だったのでしょうか?当時の福田さんはどんな印象でしたか?そして現在の相性などいかがでしょう?

同期入社が30名程度でしたので、当時からよく知っています。彼、まめなんです。典型系なA型で、そつなく全方位に物事をこなします。彼に言わせると僕は典型的B型で、興味があるとどこまでも突っ走っていくタイプ。共同代表だとぶつかりませんかとよく言われますが、ぶつかりようがないくらいキャラクターが違う。大体僕が勝手に走っていくのを、福田さんが全部拾ってくれる感じです(笑)。

―創業からまだ5年ですが、先日もジャフコ グループ、三菱UFJキャピタル、スパークス・アセット・マネジメント、JIC ベンチャー・グロース・インベストメンツから総額25億円の資金調達をされるなど、着々と歩みを進めてこられました。この背景には、スピントロニクス半導体の技術が、カーボンニュートラルという世界レベルの課題に挑むゲームチェンジャーになれるという市場の期待あってのことだと思います。改めて、この技術の意義をお聞かせください。

高度情報化社会においては、あらゆるものが情報処理されますから、半導体の需要はこれからも伸び続けていくでしょう。一方でそのことをカーボンニュートラルと両立させようとすると、とにかく半導体の消費電力を下げなければいけない。このことは世界の先進国すべてが戦略的に取り組んでいる問題です。そこでこれまでの100分の1~1000分の1の電力で動作するスピントロニクス半導体を自動車やデバイスの国内外大手メーカーをはじめ各社が求めているのです。もはやモノがねじとばねで動く時代ではありません。すべては半導体で動いているんです。

―半導体はインフラを支えるインフラ、まさにスピントロニクス半導体は新時代の「インフラのインフラ」といった存在ですね。さまざまな製品が世界情勢に端を発する半導体不足の影響を受けているニュースを日々目にしますので、消費電力、サイズ、スピード、そしてプライス、全ての側面において優位性あるパワースピンさんには大きな可能性がありますね。

そうです。しかも省エネという形で、地球環境に貢献できるインフラです。最近高校生に話をするときは、半導体というととっつきがたい産業に感じるので、「皆さん地球環境に貢献したいと思いませんか?」というところから始めるようにしています。

エネルギー問題について、私はこう考えています。人類の技術発展に伴い、必要量のエネルギーを作り続けるというのは、いわゆるバブルと同じ状況です。いつか地球の負荷に限界が生じて破裂します。原子力発電や、水素エネルギー、風力、太陽光発電などの環境エネルギーの開発など、新しい技術による発電量の増加は重要です。一方で必要な量を作り続けるだけで良いのか、必要な量を減らすための省エネ技術も重要ではないかな、と思っています。

特に東日本大震災を経験している身からすると、電源を喪失して、限られたバッテリーのなかで家族の安否確認をしても繋がらない。当時バッテリーが1本ずつ減っていく、あんな思いはもう二度としたくない。その体験こそが私の原点であり、限りあるエネルギーの中で快適に暮らしながら、次世代に環境を維持するという面で、社会貢献ができたらと思っています。

―私も震災を経験した立場として、確かにそのような省エネができていたならば、あの苦しい時に何らか違う乗り越え方や結果があったかもしれない。そう考えると、本当に身近なところで大切な効果を享受できる技術ですね。

はい。低電力で動かせるというのは、AI、IoTやDX等を活用した暮らしやすい社会の実現にも寄与します。つまり、これまで十分な電力供給ができない等の理由でDX化が難しかった過疎地等のエリアや各種産業のDX化が可能になります。電源インフラを整備しなくても、現地でソーラー発電などいわゆるエナジーハーベストをして、少ない電力でスピントロニクス半導体を入れた機器を活用できます。

一つの事例として、先日AIを使った検温カメラの開発をアイリスオーヤマさんと行いました。これまでの半導体では、AIが1秒に5~20人を検知して体温を計っていました。そこにスピントロニクス半導体を用いると、なんと1秒に170人分を検知でき、個人同定までしても1秒40人を認識できるようになったのです。

また、電源インフラがなくても使えるという意味では、カメラを設置できる範囲を大幅に広げることなども想定されるでしょう。屋外設置はもちろん、それこそドローンにつけて飛ばすようなこともできるのです。こうした技術は大規模イベントの人混みの中での安全対策などさまざまに応用できるでしょう。

―それはとても面白いですね。省電力にすることで太陽光発電など電力の供給源自体へのハードルも低くなり、結果的にさまざまなプロダクトが活きてくる。省電力が与える影響の幅の広さが分かります。スピントロニクス半導体であらゆるものが動いている未来社会をイメージするとワクワクしますね。

この技術はAI、宇宙開発、医療、スマートシティ、メタバースなどあらゆる世界に広がっていきます。宇宙などは省電力が必要とされる最たる場所です。太陽光エネルギーで発電した、なけなしの電力で、再度日光に当たれるまで飛び続けなければいけません。

それからバッテリーを使って高度な情報処理を行うケースも考えてみますと、100分の1の電力で動くということは、1kgのバッテリーを10gにできるのと同義です。例えば医療分野で患者さんのバイタルデータを24時間365日専用の機器で記録するとした場合、これからは驚くほど小さな装置を身に付けているだけで、スマホに情報を送り続けて記録を取ることができます。

―ここまでのお話で、東北大学発ベンチャーとしての技術をコアにしながら、いかに起業し経営体制をつくり、そしていかに技術を社会に実装させていくか、十分に伺うことができました。パワースピンさんのビジネスモデルについても教えていただけますか。

基本的なビジネスモデルとしては、私たちはエンドユーザーのための機器や製品を作るメーカーになるのではありません。自動車、機器、ソフトメーカーなどから依頼を受けて、使用する半導体の設計をする役割を担います。設計した半導体にはパワースピンの知財が使われていますので、そのライセンス料と、製品発売後のロイヤリティを受け取ります。

技術の面では、何よりスピントロニクス技術というのは東北大学の大野英男総長の研究から始まり、受け継いだ大切なものです。その上に技術研究を重ねてきた結果、パワースピンは現在基本特許の数では国内3位を誇っています。この技術、つまり知恵を売るビジネスモデルだということです。工場や固定資産は持ちませんので、利益率はとてもよいです。

―市場規模としてはどのくらいの可能性を秘めているのでしょうか。

世界の半導体マーケットは、2024年には1.8億ドル、そして10年後の2034年では120億ドルと急成長することが予測されています。ライセンスやロイヤリティの部分に限っても、十分な市場の広がりと伸び率を誇っていますので、パワースピンとしてはそのなかで確たるシェアをとることを想定しています。

技術はギラっとしたものを目指しながら、開発の委託を受け、量産化されたらロイヤリティをいただくというビジネスモデルで、経営面では手堅く進めていますね。福田さんも私もお互い60代という年齢でパワースピンを立ち上げましたので、ベンチャーなんですけど、良い意味で、大人な会社の作り方をしています(笑)。

―大人ベンチャー、ですね(笑)。今後は事業拡大に向けて人材面も重要と思いますが、現在採用に力を入れられているとのことですが、遠藤さんとしてはどのような点を重視して採用を進めていらっしゃいますか。

技術力はもちろんですが、やはりマインドの部分を重視しています。チャレンジングスピリッツがあるかどうか。指示待ちの問題解決型ではなく、問題発見型の人かどうか。ベンチャーは大企業とは違い、真っ白いキャンバスに一緒に絵を描いていってくれる人が必要です。 無いからできない、ではなく、自分で作り出す。無いことがおもしろい、と思うくらいでないといけません。

私自身が、残りの年齢を考えると、前線に立てるのは長くてあと10年でしょう。10年以内に私を踏みつけて超えていってくれるくらいの野心をもった人材が、パワースピンの今後を担い、スピントロニクス半導体による未来社会を作っていってくれるものと期待しています。

―最後に、遠藤さんからこれからの社会をつくっていく次世代の人材に向けて、メッセージをお願いいたします。

いつも私がお伝えしているのは、「当たり前なことを真剣に。難しいことは楽しく」ということです。まず大切なのは、研究においても当たり前から疑ってみること。半導体の動作が電荷情報であるというのは、長らく半導体研究のバイブルでした。しかしそれは単に思い込みかもしれない。業界で積み上げてきたしがらみでしかないのかもしれない。原点であればあるほど、盲目的に流されるのではなく、一から真剣に考えてみるとよいでしょう。

そして、何よりネガティブにならないこと。難しいことをなけなしの能力で行うのですから、楽しくやるしかない。この考え方は研究、起業などいろいろな局面で使えると思います。